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星火燎原  作者: 更紗 悟
第六章【頂に望む星】
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頂に望む星


     10


 行方不明だったソンヴは、ダウスに現れ、そしてレクトの反乱を鎮め、収束へと導いていた。一方で戦の引き金となり、一方で乱を治めた形となった。

 さらに驚くことには、彼女の手配により派遣されていたヴ・兵により、シンキュウにいたレクトの手の者達はほぼ全滅していたという。ソンヴの生存を喜ぶより先に、サイトはまず呆れ返った。


 ダウスに以前の統制が戻った頃、サイトはソンヴを伴って、再びツークスへと赴いた。

 以前より気になっていた事を尋ねるため、ツークス郊外にある巨大な遺構の前に誘った。前に聞いた建物とはこの事かと、疑問をぶつけた。

 サンノジに聞いた話では、ソンヴは見てはならないものを、見て回ったと言う。ならば当然、ここにも辿り着いて、そして、何らかの答えを導き出したはず。

 遺構をしばらく眺めた後、そうね、とソンヴは口を開いた。

「そもそも、ハライ・コウの裏には何か誘因があるはず。ただ単に環境の変化や凶作などが原因で、彼らは山を下ってきているのではない。それらは大きな要因ではあるが、一面でしかない。もっと切実な何かに迫られ、已むを得ず動いていたのだと、私は推測した」

「確かに。ただツークスの権力者達に強いられ、押し出されて来たわけでは無いな。実際に足を運んでみたが、確かにここの民の肩には、何かが圧し掛かっている。その何かの正体を、確か、運命と言っていたな?」

 ソンヴは、ゆっくりと頷く。

「圧倒的で、無慈悲で、万人に関わるもの。運命――――」

 煌の民は漠然とだが、感じ取っている。ゆえに、あの諦観が生まれたと、以前ソンヴは語った。

 絶対的な破局。全ての破壊。煌も綜も、瑗も河津も、全てが亡ぶ。そういう未来を、垣間見てしまったがゆえに、しかもそう遠くないものと悟ったがゆえに、あの陰りが生まれた。

 それほどの、何かが起きる。そこで彼らは、あの中に籠もり、どうにか生き延びれないかと思った。膨大な蓄えと共に、深い亀裂で外界と隔絶した。そうすることで災いから逃れ、破滅的な運命に抗うために。

「その証がこの建物だと言っていたな? しかし……。この廃墟じみた有り様じゃあ……」

「ええ。失敗したのだと思うわ。何世代もの長い年月と、膨大な人の手をかけてこの溝は掘られた。でも、それだけの備えを持ってしても、災いを防ぐことはできなかった時があった。だから、もうどうしようもないと、諦めが支配的になってしまった。一部では、この考えを諦めきれず、作り続けられているようだけど」

「ほう? この煌の、どこかで続いているのか?」

「ええ。おそらくは、ラガル・ツークスの側で、ね」

「ラガ・ツークスか。お前も、その伝説を信じるんだな」

「伝説じゃないわ。ちゃんと実在する」 と、ソンヴは口を尖らせて言う。

「見たわけではあるまいに」と、苦笑いと共にいったサイトに、ソンヴは不思議そうな顔をした。それから、ふと何かに気付いたように頷いた。

「さっきラガって言ったわね? もしかして、ラガルの意味に気付いていない?」

「ラガル? いや、確か、ラガ・ツークスで幻の都って意味だろう? ならラガルも同じかと思っていたんだが……?」

 ソンヴはまた、満足そうに微笑んだ。

「違うのよ。えっと、オウ・青がこの国の人から何と呼ばれているか、耳にしたことあるでしょう? キ・ワグン・ラガル、って」

「ああ。そういえば。ラガルと言っていたか……」

「キ・ジュ・ラガルは知っているわね? キが最も忌むべきっていう意味。ジュは獣。それから、ワグンは、平人、平地に生きる人々、つまり私達のこと。二つに共通するラガルは、現在、という意味なの」

「なるほど。今恐るべき獣と、今恐るべき平人か。それで?」

「幻の都、もうひとつのツークスを語る時、二つの呼び方を聞かなかった? たぶん、それぞれ「分」が違う人たちだと思うけど」

「ラガ・ツークスというのは、綜で言われていたな。そうか、煌ではラガル・ツークスと言っていた者がいたか」

「そう。ラガ・ツークスは、幻都という意味になのだけど、ラガル・ツークスだと、別の意味になる」

 煌の民は二種類あるのだと、ソンヴは言った。下・中域の民、ツークスの住人は同じ人種。言葉や見かけは異なるが、綜と同じ源流を持つ者達である。土地に違和感を覚えつつも、伝えてきたものを保持して生きてきた者達。

 ツークスを造り上げたコウ・ウは、その後どこかに消えてしまったという。死んだという事を認めず、神格化するため、神の御息所に生きているという伝説も、後に生まれることになる。

 けれども、そうでない人たちもいる。古の煌の教えを継ぐ者たちがいる。それが実在すると確信できたのは、皮肉にも外から連れてこられた人たちの間に、受け継がれている所を見たからである。

「それがシンバン」 と、ソンヴは言った。

 森に放置されたビドたちは、いつの間にか新たな言葉、そして生き方を学んでいるという。そして、煌の理念を叩き込まれている。

 シユに連れてこられた後、森の中で生き、シンバンと成り果てる前に、彼らはいわば教育係と接触しているはず。そうでなければ、いきなりあの過酷な野生に放り投げられて、あんなにも大勢の者が対応できているはずがない。誰かが、ここでの生き方と、文化を伝えているのだ。

 その教育係は、おそらくはツークスには寄り付かない。それは、ツークスの者達ですら、ラガルの呼称を忘れてしまっている事から想像できる。言語などが微妙にズレていることから、ツークスの民と直の接触はないのだろう。

 ラガ・ツークスのラガは幻という意味。だが、ラガル・ツークスとなると、それは、今のツークス、現都ツークス、という意味合いになる。今の、とは、つまり、昔と今、いくつものツークスがある事を示す。最新のツークスは、またどこかにあるのだとソンヴは語る。

「リ・ウ・鵬も、ラガルと言っていたな。彼ほど上位の者になると、そちらの街の存在を知っており、言葉も教わっていたのだろうか」

 もしかしたら、行った事もあったかもねと、ソンヴは言う。

「それから気になるのが煌真の不在」

 真の喪失は民全体の士気を損なう。見たところ民の心には諦めはあるが、嘆き哀しんで行く末を見失っている風ではない。

 そうでないのなら、煌真はどこかに生きているのではないか。おそらくは、ラガル・ツークスに、いるのではないか。

 だから、サン家が街を牛耳ろうと、ツークスの人たちは動じなかった。異邦の綜人に占拠されようと、さほど抵抗をみせなかった。なぜなら、まだ救いは残っているから。真の支配者が、他にいると分かっているから。

 ある女の顔を浮かべ、ソンヴは何年かかってでも、絶対辿り着いてみせるわと心に誓った。

「そのラガル・ツークスはどこにあるんだ? もう想像ついていると言うのか?」

「残念ながら」 と、ソンヴは首を振った。

 ああ、そうかとサイトは気付いた。ソンヴは、それこそを確かめる為に煌に来たのだ。だが、その途中で、ツークスより妨害を受け、一時的に国外へと逃れざるを得なかった。本当は、その現都を探し出したくてたまらないのだろう。なぜなら、そこには彼女が追い求めるコウ・ウの真の姿に近づける手掛かりがあるかもしれないのだから。

「また捜しに行くんだな?」とサイト厳しい声で言った。「ラガル・ツークス。どれだけ危険か分かっているのか? 煌の象徴が、最後の砦が、そこにあるんだ。見つかれば、今度は監視なんて生易しいものじゃすまないぞ。そもそも、秘密を守るため、不用意に近づく者は殺されるだろう」

「……答えを聞きたいの?」 と、ソンヴは微笑みながら言う。「知っているくせに。私がどう答えるか。意地悪ね」

「どっちが、だよ。俺に行って来いといわせたいくせに」

「強情ね」

「どっちが、だ」

「ふふ、そうね……。でも、私は知りたい。知らなくてはならないことが、そこにある気がする」

「そう言うと思ったよ」とサイトは肩を竦めて言った。


  *


 風の冷たさが、身に沁み始めた。空気が冷涼なので、照り付ける陽が無くなると温度が下がるのが早い気がする。

 その事から、大分時間が経っているということに気付いた。遺構に辿り着き、わりと話し込んでいたようだ。

「いかん、そろそろあいつが来るぞ」 と、サイトは言った。

「あいつ?」

 サイトはしかめ面で、トオワのことだと答えた。

「トオワ・迅? 怪我が治ったばかりなのに、律儀な人ね」と、ソンヴはおかしそうに答える。

 ダウスでの反乱事件の際、トオワ・迅は重症を負った。副官代理のスクル・桧という若者に救われ、レクトに賛同した考分の女エヌイと戦った。そこで見せたスクルの意外な男気に応える為、トオワとエヌイは決着が付くまで闘おうとした。

 元々トオワは負傷しており、長期戦は避けて、一か八かの決死の一撃にかけようとした。だがそこへジエルが割って入った。そこで勝負は付かず、命拾いした形だが、あいつとは必ず決着を付けると、トオワは固く決意していた。

「律儀というか、頭が固いんだ。俺が大丈夫と言っているのに、副官は常に貴方の側にいるものです、と言って、四六時中離れやしない」

「まぁ、こんな山の中ですものね。いつ何が森から出てくるか」

「そうだな。あのデカイのが来たら厄介だな。クウーでもいれば別だけど。そうなる前に、戻るとするか」

「そうね」

 同意を示しつつ、ソンヴは動かない。どうしたとサイトが問うと、ソンヴは悩んでいるようだった。

「ねえ。サイト?」

「なんだ?」

「オウ・青は、本当にダロル・シンとなるのかもしれない」

 ソンヴの脳裡には、レクトとの戦いの様子が再現されている。あの時の、尋常ではない運の付き。そして、最悪が集中していても、辛くも生き残っているという事実。

 これはもう、運命が彼を後押ししているとしか、思えない。

 あのグントラターグも、それを認め、守り導いてやれと、言い残していった。

「ダロル・シンは、世界を統一する者、滅びに瀕した世界にあって、生き残りたちを纏め、導く者。そう言っていたな」

 サイトの言葉にソンヴは頷く。

「そう。そうならば、災いもまた、現実のものとしてやってくる。それが分かるのが、怖いの」

「俺にはまだ、そこまで大層な話なのかは分からない。だがお前がそう言うなら、きっとそうなのだろう」

「それでも続けるの? このまま続けてよいのかしら? 違う結末になるよう、抗うべきなのかも」

「オウ・青を除いても、結局別の誰かが代わりに立つっていうだけかもしれない」

「それは、そうなのかもしれないけど」

「俺もそうだ。仮にここで降りたとしても変わらないかもしれない。そこまで変えがたい運命だというなら、俺でなくても、誰かが現れ、あいつのしたいように道を開くだろう。ダロル・シンという人々を導く星になれるまで、頂にたどり着けるまで、進み続けるだろう。どのみち彼が進むならば、俺はそれを傍観できない。そもそも彼を綜の主へと導いたのは俺だから、頂に至れるかどうかはさておき、最後まで彼を見届けるのは俺の役目だろうと、思っている」

 サイトの顔をみて、どれだけの決意であるかを、ソンヴはすぐに察した。

「そう……。じゃあ、私もできるだけの事をしておくわ。失われた伝承を詳らかにして、人々に知らせる。まずは真のツークスを見つけ出してみせる」

「難儀だな」

「お互いにね。ずっとそうだけど」

 サイトとソンヴは、微笑みあった。



 幼少の頃に迎えた、二人の転機。一人は守ることを誓い、一人はその為の知識を得ることを望んだ。

 二人どんなに離れていようとも、中央へと外縁へと向かおうとも。二人どんなに昇って行こうとも、動けなくなっても。

 二人の芯はここにある。

 近くとも遠くとも、接していても離れていても。

 二人の心は常に一つ。

 どちらからともなく、手を出して、触れ合った。

 互いの芯を確かめ合うように。





     第二部 地に潜む雷 頂に望む星 了



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