彼は立った
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オウ・青が真穿の後を追って密かに煌に向かう。それに似た無謀な行動の前例はあり、彼がその気質を持っていることはレクトも承知していた。だからこそ、姿を消したことで、本当に煌へ向かったのだと思われた。少なくとも、この事態になるまでに都を脱出している、そう見ていた。
けれどもここで、都が敵の手に落ちた後に、しかも首魁の目の前に現われるというのは、あまりに無謀で、驚きだった。
「弟だよ、登って行ったのは」 と、オウ・青は言う。一瞬何を言われたのかと思うが、すぐにそれが己の心中の疑問に対する答えだとレクトは察した。
つまり、真穿の後を追いかけたのは、オウ本人ではなかった。その容姿の酷似した弟、オウル・青だった。
「なるほど……、それで、か……」
そう知れば、納得できることもある。乱に同調しないかと探っていた時、真弟派は好感触を示した。それなのに、実行には加わらなかった。結局は怖気づいたのかと解釈していたが、そうではなかった。
そこにいたのが、オウルではなかったら。オウ・青ならば、どうだ? 当然、加わるはずがない。
そして、スクルが話していた真弟派の疑惑のひとつ、ソンヴが真弟と会っていたという噂。あれも一部だけは、真実だったのだ。真弟と摩り替わっていたオウ・青に、ソンヴが接触していた、というのが正しかったのだ。
「何から何まで……。やられたな」 とレクトは呟く。
同意の言葉があると思っていたが、側にいるはずのエヌイから応えがない。
「おい、まさか」
ふと見ると、いつの間にかエヌイは姿を消していた。
「とっくに去ったよ」とソンヴは惜しむ様子も無しに言う。
オウ・青の登場に皆の意識が集まった隙に逃げたようだ。ソンヴが現れたことで、ここまで察していたのか、端から逃げる隙を図っていたのか。いずれにせよ上手く逃げ去った。
レクトは軽く溜息を付いた。色々と助言を求め、策を考案してもらっていたが、元々エヌイは統分ではない。綜の生まれであると言っていたが、それも怪しいとレクトは思っている。
サンノジがツークスの混乱を狙ったように、彼女もダウスの破滅を誘い込もうとしていたようだった。
だとすると、何故、綜に敵意を持つのか、実はどういう人物なのか。
サン家の詳細を把握していたことからツークスに通じており、ノジだけが煌真崇拝を捨てない忠義の者だと知っている。この条件から、大体の見当を付けているが、確かめようがなかった。幻の中に帰ってしまえば、並大抵のことでは出会えない存在だと踏んでいた。
ソンヴとオウ・青が侵入してきたのだ。抜け道があると分かれば、エヌイほど抜け目がない者ならば、そこを見つけ出すのは容易だろう。女の身一つで、果たして逃げ果せるかどうかは怪しいところだが、彼女の正体と生存は、レクトにはもう興味はなかった。
それよりも、彼をどうにかしないといけない。オウ・青は柄に手を置いたまま、レクトを睨みつけていた。
「現状はお聞きでしょう。どうです、素直にこちらの言う通りにしてくれますか?」
「できないな」 と、オウ・青は即座に答えた。
幼少の頃、オウ・青は人質として瑗に派遣されていた。冷遇というほどではないが、常に人の眼がどこかで光っていた。与えられた範囲で楽しむ分には、何も言われない。だが、そこを逸脱して己で行動しようとすると、強い反発を受けてきた。親たちの勝手で、自分の身柄はすでに自由にできないのかと、密かに憤っていた、と聞く。
そこに転機が訪れた。開戦へ向けて下準備が行なわれ、オウの身柄を綜へ奪還する策が取られた。またしても、勝手に物事が進められており、しかも、今度は命の危機にも晒されている。
その際、勝手にも程があると、オウ・青は猛ったという。同じく奪還しようとした母親の方は失敗して、帰らぬ人となったとあれば、尚更だ。幼い心では歯止めが利かなくなり、自分のために仲間を失っていたサイトに、大人の勝手だと詰ったという。
現在は己の選択で行動できるようになっている。それを、また同じような扱いに甘んじてくれと、レクトは強要しているのだ。オウ・青でなくても、おいそれと許容できるはずがない。
ですよね、とレクトは頷いた。「ならば、力尽くで言う事を聞かせるしかないな」
「いいだろう。やってみるが良い。だが、その前に一つだけ。お前の口から、聞かせて欲しい」
オウ・青の対応に、レクトは怪訝そうな顔をした。
「動機だ。こんな大それた、愚かな事をした理由。起きた事はもう取り返しが利かない。だが、お前の言葉で、言い置いてくれないか」
黙考した後、レクトは口を開いた。
「貴方は、いや、お前は、ダロル・シン、全てを統べると言ったな? 立派過ぎる意志だよ、それは。その先に、理想的な調和が待っていると言うのなら、俺も少しは期待する。見てみたいさ、その視野で物事を。だから、中途半端になるのではないかとか、やり遂げられるはずがない、などとは、俺は言わない。邪魔もしない。そういう意味では、俺に異存はない」
「同調してくれるというのか。そこが譲れず、叛意したのではないのだな。では何故? 敢えて反逆者の汚名を被ってまで、この宿願を果たさせまいとしたのは何故だ?」
納得できないと、腕を振る。その仕草に強い苛立ちが滲んでいた。
「――――己として立ちたいと思ったから、そうしたのだ」 と、レクトは己の気持ちを告げた。オウ・青は、意外そうな顔を見せた。
「お前はもしかしたら本当に、ダロル・シンとなる。やり遂げてしまうだろうと、それがお前の宿命だと、俺は思っている。サイトはきっと、そこまで連れて行ってくれるだろう。だが、そこに到るまでには障害ばかりだ」
その内の一つに、俺はなりたかったんだと、レクトは言った。
「合力するのではなく、あえて、立ち塞がる側に立った、というのか?」
「そう。できるだけ大きな障害となって、お前たちと本気で戦ってみたかった」
オウ・青は首を振って、言った。
「反乱など起こさなくても、河津や瑗に亡命し、立場を変えて、立ち会えばよかったではないか。お前ならそれなりの部隊を持つ事ができるだろう。そうすればもっと、大きな舞台で正々堂々と戦う事ができた」
「かもな。だがそれだと、河津と戦う過程で、だ。あるいは、瑗と闘っている最中、でしかない。俺という単一の障害ではなく、河津や瑗という障害の一部としてレクト・珠は捉えられる。俺は俺としての立ち位置を保ったまま、お前らの宿命の一つとして立ちふさがることを望んだのだ」
オウ・青は、レクトの顔を見つめる。意外なことに、当惑や否定、激怒している様子はない。惜しむ様子もない。ただ受け入れようとしていた。
「……そうか。それはもう叶ったのだな。ならばもう、これ以上は語る必要は無いか?」
「ああ。もはや俺は立った。レクト・珠は立ったのだ。あとはこのやるべき事を、最後までやりきるだけだ。結果は、どう転ぼうと、どちらでもよい」
「……後は互いに、やるべきことをやるだけ。そうだな?」
「ああ、その通り」とレクトは頷く。
オウ・青とレクト・珠。両者は、同時に構えた。




