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星火燎原  作者: 更紗 悟
第六章【頂に望む星】
108/117

収穫の時

 

  3


 後ろに従者らしき者を従えて、シンキュウ深部に忽然と現われた女傑。それは、行方不明とされていたソンヴ・識だった。

 シンキュウにあってもふだんと変わりなく、武装はしておらず、階級の印である玉以外には飾り気がない。透き通るような白さの肌だが、高山で陽に焼けたのか少し色が付いている。

「ソンヴ、何故ここに……」

 どうやって、とエヌイは問わなかった。重要な拠点には複数の侵入路を設けておき、秘密にしておくことは珍しくない。真穿もその詰め所に、ダウスの外へと通じる路を確保していたのだ。そうした道がシンキュウにあっても不思議ではなく、主の直属部隊の長であるサイト、その彼が親しくしている天才が知っていてもおかしくない。現にサイトはかつてシンキュウ奥深く、オウ・青の側まで忍び込んだこともあった。

「生きていたのか、とは聞いてくれないの?」

「いいのよ、そんなやり取りは不毛。要するに、私達は嵌められたのでしょう」 と、エヌイは苛立った声で言った。

 その通りと、表情で答えるかのように、ソンヴは柔らかく微笑んだ。

 今に至る流れは予定通り。この状況こそが、彼女の狙いだった、とエヌイは言う。

 考えたくは無いが、レクトにも理解できてきた。わざと、事を起こしやすい状況を作っておいて、そこに不穏分子のみを残しておく。そうすれば、どうなるか? ここぞとばかりに動き出す者はいるだろう。そうして反乱が起きたら、綜真に楯突くと内心を露にした者が出たならば。囲いこみ、叩き潰し、後々の憂いを排除する。それが、ソンヴの狙いだ。

 クドゥ、サイカク、タナトと、留守を狙って反乱を起しそうな曲者は多かった。彼らが実際に動いていてもおかしくない。そう誘いかけたのはレクト自身であり、乗りかけた者もいた。けれども、彼らは土壇場で腰を上げなかった。

 真弟派は、応じかけたが、胡散臭さを感じたのだろう。自分達をまとめて絡み捕ろうとする、大きな網の存在に気付き、レクト達に賛同しなかった。

 最も厄介なのはグントラターグだろう。おそらくは、彼こそが標的だった。不穏さを醸しながら尻尾を見せない彼を反乱へと導き、大義をもって粉砕することが最大の目的だろう。

 けれども実際は、愚かにも調子に乗って、馬脚を現した愚か者が一人。しかも、敵はいないと、のんびり構えている始末。

「……はは」

 これはもう、笑うしかないか。まんまと乗せられ、オウ・青への逆賊となったレクトは、自虐的な笑みを浮かべた。

「嬉しそうね、やっぱり」 とエヌイは、レクトを睨みつけ不機嫌そうに言った。

「うん? どうしてだ?」とレクトは答える。

「危惧したとおり。やはりお前は戦うつもりだった。真穿のいない間に、と言いながら、こうして立ちはだかってくるのを心待ちにしていた」

「……」

「そうして多分、お前はサイト・成により……」

 折角の御膳立てを無視して、劣勢に陥る事を望んでいた、とエヌイは言っている。敗北を望むなど考えてもいなかったから、無礼な発言だと取ることもできる。だがレクトは、「かもな」 と、認めた。

「だが、さすがにサイト・成は間に合わなかったようだな」

「ええ、もう少し時間がかかりそうなの。ちょっと待っていてくれる?」 とソンヴは気楽に言う。何を言うか、とエヌイは首を振る。

「外のお仲間なんて、あっという間に蹴散らしてあげる。目の前の貴方なんて、さっさと殺してあげる」

「あら。物騒ねぇ。貴方、ずいぶん明るい性格になったのね」

「なった、だと……?」

「だって、以前の貴方は、周囲に対して押し殺した殺意を抱いていたじゃない。独り陰気にね。でも、それはやめて表に出すようにしたのね。その方が健康にもいいわ」

「……どれだけ頭脳が優れていようとも、お前たちだけで、できることには限りがある。小数無勢でどこまで粘れるものか」

「少数? 大国瑗の統士団を、小だなんて……。一国一城の主となれば、気が大きくなるものね」

「瑗、だと?」

 エヌイの表情が変わった。その時、レクトの配下の者が飛び込んできて、慌てた声で叫んだ。その報告内容に、話の邪魔をされたことなど吹っ飛んでしまう。

「新手ですっ! 今度は、河津が! それから、瑗の攻団がっ!」

「河津? 瑗も、だと?」

 ダウスを包囲するには真穿の残存部隊では数が足りない。ところが、それに匹敵するぐらいの規模で、東方からも相当の数の統士団が進んで来た。さらに、南方から同等の河津の統士団が進んできているという。

「ボク・牙か。まさか、あの小心者を動かせるとは」

「そう難しいことじゃないでしょう? 綜に恨みを持つ河津が、ダウスが手薄になる時を見逃すはずないじゃない。全員とは限らないけど、ある程度は出てくるはず、と踏んでいたの。案の定、過激な輩が近くに寄って来て様子を見ていたわ。そこで私達が出向いて、説得してきたの」

「私達?」

「私とトオワ・迅よ。クウー・骸の強面でもって脅しをかけておいたから、ちゃんと大人しく待機してくれていたようね」

「トオワ・迅が遠征に参加していなかったのは、そのためか……。残党征圧というのは、表の理由でしかないのか。瑗も、嘘だったのか。煌に向かったのではなかったのだな」

「煌を討つ手助けをお願いしたのは、嘘ではないわ。でも、一緒に闘ってくれと言うのではなく、留守中に問題が起きたら動いてくれっていう話をしたの」

「俺達が動いたら、即座に潰せるようにか……。しかし、瑗を近くに待機させておいて、乱が起きる前に、約定を破棄して侵攻してきたらどうする気だったんだ?」

「その場合は、貴方が闘ってくれる。そうでしょう?」

 何もかも見抜いたかのようなソンヴに、レクトは苦笑いを返す。

「どう? 真穿、河津、瑗を相手取って、まだ物足りない?」

「……お手上げだな。すでに手に負えない」

「そ。良かった。なら、素直に投降してくれると助かるんだけど。同じ綜人同士、血を流し合いたくないでしょう」

「勝ち目があればともかく、こうなってはな。無駄に命を散らすだけになる。だが、一つ、やれる事が残っている」

「何かしら?」

 抜き放った剣の切っ先をソンヴへと向け、レクトは言った。

「お前だ。ソンヴ・識。お前を捕らえ、策は失敗で、ダウスは万全と思わせ、奴らを退かせる」

「うーん、私なんかで、交渉になるかしら」

「さあな。だが、少なくともサイト・成には有効だろう。ならば真穿は慎重になる。それに、話を持ち掛けた者が捕縛されたと知れば、他国の者達の足も鈍る」

「そうねぇ……。そう上手く行くかしら?」

「ああ、そうさせてもらう。護士を独りきりというのは、甘い判断だったぞ」

 レクトの言葉を聞いたエヌイが、はっとしたような表情になった。

「独り? ええ、そうね。それで十分だと、私は提案したんだけど。ずいぶんと沢山、送り込んで来たみたい。心配性なのね、瑗随一の策士といえども。いえ、その上の指示かしら?」

「な、何を言っている?」

「最初は、こちらへは独りだけを寄越すように言ったの。まあ、人質みたいなものね。それで、あっちが動かないように牽制できるかと」

「誰の事を言っている?」

「ふふ、まあ、その内出てくるでしょう。とりあえず、交渉したいというならば、してみたらよいわ」

 ソンヴは言って、後ろに下がった。レクトは怪訝そうな顔をして、すぐに、驚いた顔になった。

「おい、随分と思い切ったことを……」

 ソンヴの後ろに控えていた者。

 それは綜真、オウ・青だった。



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