吹いても戻る風
縁側の となりいいかと きく君は
忘れよう 心に釘を 打った日に
初めて見たんだ 君の寝顔を
本当に 釘打ったのは 心でなく
過去に泣く 私の目かな
誰にでも 笑顔みせる 君が嫌い
真実を 君の愛より 真実を
にやにやと 笑うお前は 人の子か?
悔恨と 一途な心に 頼っては
ただただむなしく 良い句は詠めぬ
霧見ては 心を再び 覆うもや
からりと風が 吹かぬものかと
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怒涛の六連続! ちょっとやりすぎたかもしれません。本当はこういう歌は詠むつもりなかったんですがね。
一作目には実は続きがあるんです。
「あの子だろうかと 頭をよぎる」
あの子については、ここではあまり語りません。知りたい人は、「藤原詩郎の乱れた本棚」を読んでみてください。
となりいいかと声をかけてきたのは男子の友達でしたけれども、私はこの言葉をあの子にかけてもらえたらどんなに幸せだろうと思ってしまったのです。そう、思ってしまったのです。
後のやつは、できれば詠みたくないと出立前から考えていました。もう忘れたかったんですけれど、バスの私の座席の近くで、あの子とあいつがずっとぺらぺらぺらぺら喋っているのを拷問のように聞かされて、拳の代わりにペンを握りました。ですから丁寧ではありませんし、怒り悔しみまじりの大変不愉快な歌になっています。
あんまりコメントしたくないですけれど、これだけは書いておきましょうかね。
「にやにやと 笑うお前は 人の子か?」
この歌は、川柳においてはあまり好まれない(と私は勝手に思っている)クエスチョンマークをあえて用いているのが特徴です。この漠然とした句に?を用いるという乱暴な書きようから、当時藤原少年がどんなに怒りどんなに悔しんでいたかがひしひしと感じられるかと思います。
あと最後の歌。これは「マネヒルムの合戦」を脳裏に浮かばせながら詠みました。「マネヒルムの合戦」を読んでいただければ、この歌の意味もおわかりになるのではないでしょうか。
私はどうやら、風と物語の展開を結びつけるのが好きなようですね。




