依頼9件目「総大将」
「どうやら能力は使えないみたいね。」
霊夢がつぶやく。
「あぁ霊夢、さっき飛べなかったもんな。」
零狐が部屋の中を探索しながら言葉を返す。
医薬品やベッドがある所を見ると恐らく保健室だろう。
この建物は廃校と判断しても良さそうだった。それくらいに古くなっていた。
「となると、能力全般だから今は新しい能力は使えない訳か。」
「えぇ、そういう事になるわね。スペカも使えない…弾幕は小規模の弱いものだけ。よく作り込まれた処刑魔導書ね。」
医薬品をまとめながらため息をつく霊夢に零狐は考えを伝えた。
「いや…恐らく近接ならばいつも通りだと思う。あと身体能力とかな。」
霊夢が零狐に振り向き部屋を出ようという意思を示す。
「まぁでも…気をつけなきゃならないのは確かね。」
「あぁ。妖夢と早く合流しなきゃな。」
そう言って部屋を出た時。
階段の方から大きい足音が響く。
足音の主は姿を現した。
「あれがこの処刑魔導書の処刑人…か?」
「たぶんね…。来るわ…!気を抜かないで…!」
それを合図に処刑人は雄叫びを上げ、血で薄汚れた斧を持ち一歩を踏み出した。
走り始めた処刑人は迫って来る。
まず真正面に斧が振りおろされる。
処刑人の左右にできた隙を退路にして避ける。二人が掻い潜ったすぐ背後で斧による衝撃が伝わる。
「霊夢!頭下げろ!」
「危なっ!?」
零狐は叫びながら自分の身体と共に霊夢の身体も屈ませる。
丁度頭上すれすれで斧を避ける。
その勢いで左の壁に斧が食い込む。
壁の石が散乱し、罅が入る。
中々抜けない斧を抜こうと手間取る処刑人を見て二人は攻撃を開始した。
狐ヶ崎家の名刀『兆刀』を抜刀し、一気に処刑人の身体中を斬りつける。
斬った勢いで処刑人の背後に回る。
それに続き、急所である頭部をお祓い棒で全力で一発。
骨の軋む音とパキパキという何かが折れる音が響く。
処刑人は壁に食い込んだ斧から手を放し蹌踉めく。切傷と複雑骨折による出血が始まり床に血液が滴り落ちる。
「ガ…アグァ…アァ…ガァァアァ!!!!」
更に雄叫びを上げた処刑人。
しかしその叫びも次の瞬間、途絶える事になった。泥に何かが滑り良く埋もれる様な濁った音。処刑人の胸から鮮血が静かに流れる。
「すまない…安らかに眠ってくれ。」
処刑人の胸からゆっくりと刀を引き抜く。
「死」を演出するかのように壁に刺さった斧が処刑人の丁度、横に音を立てて落ちた。
その時だった。
「…零狐さん?」
そこに立っていたのは妖夢だった。
妖夢は零狐達を見つけると安堵の表情を見せた。少し疲労の様子も見て取れた。
「妖夢!大丈夫だった!?」
霊夢が妖夢に駆け寄り肩を抱き寄せる。
「怖かったです…。助けに来てくれたんですね…。」
少し震えて泣いている妖夢。
その妖夢を見ても近寄らずに刀を持ち睨んでいる零狐を不審に思った霊夢は何かを察知した。妖夢から一旦身を離す。
「霊夢さん…?ど、ドウシたんですか?」
「零狐、どうかした…?」
霊夢は振り向き零狐に神妙な表情で問いかける。零狐が口を開くまで重い空気が流れた。
「そいつは妖夢じゃない。別の『何か』が妖夢に化けているだけだ。気を付けろ。」
「…冗談なら笑えないけど。」
次の瞬間。
零狐の背後の処刑人が斧を掴み立ち上がる。
「零狐!後ろ!!」
霊夢が叫ぶ時には零狐は行動に移っていた。刀で処刑人の腹部を斬る。
「その言葉そっくりそのまま返すぜ。」
処刑人は少し怯み斧を振りおろさずに少し後退する。
零狐は少し不審に感じた。
霊夢の方から何も音がしないのだ。
お祓い棒が殴った時の音。
霊夢の後退する足音。
何も音がしない。
聞こえるのは水より重い液体が滴り落ちる様な音だけだ。
零狐が霊夢に振り向くと霊夢の身体に妖夢?が寄りかかった形になっていた。
妖夢?の寄りかかった霊夢の首辺りから鮮血が吹き出していた。
やがて霊夢は床に倒れ込んだ。
妖夢…いや別の何かの口周りは血塗られていた。やがて別の何かは段々と形を変えた。
痩せ型の男の容姿だが肌も何もかも全てが真黒かった。顔は無く無言だった。
その何かはまるで『化物』と言い表せた。
化物は段々と分裂をし、最後には4体にもなった。しかも分裂にかかった時間はわずか7秒と短い物だった。
横たわる霊夢。
零狐は驚愕の表情を見せたと同時に理性を失っているようにも見えた。
「霊夢…!?おいっ!!!」
霊夢は青ざめた顔をしたまま、零狐に微笑みかけ「よ…うむを…たすけ…てあげて…。」
と途切れ途切れに掠れた声で訴えた。
「おい…霊夢?…おい!目を瞑るなっ!!起きろよぉぉぉ!!!」
霊夢は目を閉じた。
ゆっくりと冷たくなっていく。
零狐が叫び、あたりの窓や壁に亀裂が入る。
「零狐さんっ!?」
そう叫び返したのは本物の妖夢だった。
妖夢を見た零狐はゆっくりと立ち上がった。
そして回収した医薬品を妖夢に手渡し一言。
それはいつもの優しい零狐とは思えない様な悲しく…そして残忍、怒りの篭った声。
「…霊夢を診ておけ。」
妖夢は直ぐに霊夢を受け取ったが零狐に話を続けようとした。
しかしそれを遮り零狐はまだ言葉を放つ。
「こいつら殺すか…夜明けまで待つかすれば怪我は治る…。それなら…。」
周りの物に亀裂が入ったり割れたりする程の殺気が零狐の周りに渦巻く。
それは目に見えるくらいに具現化していた。
紅く、そして吐き気のする様な恐怖が周りを包み始める。
やがてそれは階全体に広がる。
処刑人が無謀にも斧を零狐に振り下ろす。
零狐は斧を腕で受け止めた。
零狐の腕から血が噴き出す。
斧の刃が骨に達した時、処刑人は零狐の顔を見た。見てしまった。
先程まで蒼かった瞳は紅く変わっていた。
何よりも恐怖を感じさせたのは零狐が。
笑っていたからだ。
無邪気な子供が虫を潰す様な、狂っていて残酷な。
そんな笑顔をしていた。
すぐ近くにいた化物は零狐に向かって走り出す。妖夢そっちのけで零狐に襲い掛かる。
全員右手を刀状に変化させて襲いにかかる。
その時だった。
斧に抑えられていた零狐が刀を抜き、腕に刺さりつつある斧の刃に刀を凄い勢いで一回擦り付ける。
金属の摩擦によって零狐の刀に熱が持たれ、やがてそれは炎を纏った刀となった。
零狐が無言で勢い良く処刑人の胸に跳ぶ。
咄嗟の事に処刑人は動けなくなる。
「ガ…ア……!?」
その一秒後位には処刑人の胸は「X」状に深く焼き切られる。
処刑人の肺は焼かれ息が出来ず心臓も切られた為、生きる可能性はなかった。
「…まず、ひとり。」
「……!!」
その様子を見た化物は襲うのを辞め少し間合いを置いた。
刀を持ったまま振り向き化物達を一瞥する。
妖夢は霊夢を抱き寄せたまま零狐を見た。
その時妖夢は初めて「妖怪の恐ろしさ」を身に感じた。妖夢の全身にえもいわれぬ恐怖と嫌悪感が走る。
(あれが…零狐さん?)
零狐は化物に向き直ると刀を下段に構え残酷で好戦的な目で言った。
「さぁ…殺されたい奴から来な。」
今、元妖怪の総大将の力が一冊の魔導書の中で解放されつつあった。
続く




