八話 もう一人の巨人殺し
ハンマを名乗るその男は、両手剣の刃を撫でていた。
あれが大剣のつもりなのだろうか。
もちろん普通の剣よりはずっと長いが、あくまで対人用に作られた薄手の両手剣だ。
あんなもので巨鬼と打ち合えば一撃でへし折られるだろう。もちろん、持ち主ごと。
彼自身はそこそこ上背もあり、引き締まったいい体をしている。
亜麻色の髪を撫でつけたオールバックに、一房だけ垂れた前髪。いかにもヤンチャな兄ちゃんといった感じだ。
彼は仲間の顔を見回して、念を押すように言う。
「その代わり、露払いはお前らに任せたぞ。この大剣は雑魚を斬るための道具じゃないんでね」
「分かってますって! 小鬼や羽鬼くらいなら、おれらでも何とかなりますから!」
「ハンマさんは大物の相手だけお願いしゃす!」
「フッ……任せとけ」
(うわぁ……)
なんとなく、状況が見えてきた。
あっちのハンマ君は、つまりそう名乗ることで仲間を従えているのだ。強敵は自分が対処してやるという触れ込みで。
逆に言えば、強敵以外は相手にしなくて済むので、ほとんど戦うことなく分け前を得ることができる。
なんとコスい商売だろうか。
本当に強敵が現れた瞬間、すぐに化けの皮がはがれそうなものだが……。
まぁ、何でもいいか。
自分の偽物なんかと関わり合いにはなりたくないので、さっさと通り過ぎようとした。
「……プッ」
しかし、ブリギットがこれ見よがしに噴き出した。
何煽ってんだよ……。
「ああ? テメェ何笑ってんだ!」
「喧嘩売ってんのかオラァ!」
案の定、冒険者たちは色めき立った。
それはそうだろう。通りすがりに笑われて激怒しないヤンキーなどいない。
彼らの怒りはごもっともであり、悪いのは百パーセントこちらのエルフだ。
当のブリギットはくつくつと笑いながら、肩をすくめる。
「あら、気に障ったならごめんなさいね。まさか『巨人殺し』がもう一人いるとは思わなかったものだから、つい可笑しくって」
「もう一人ィ……? どういう意味だ?」
「おいおい、まさかテメェのツレが本物とでも言うつもりか?」
冒険者の視線が俺に集まる。
ハンマ君とも目が合った。
俺の人相を言い表すとき、上半分が欠けた右耳や、目の下の古傷のことを言及されることが多い。
それとも、単純に背中の大剣が目に入ったのか。
「~~~~っ!?」
彼は一瞬、この世の終わりのような表情を浮かべた。
そしてものすごい勢いで顔をそむけた。
どうやらハンマ君だけは事態に気づいたらしい。
しかし仲間たちのほうは、そうはいかない。
「ぶっ……ぶはは! 見ろよあの馬鹿みたいな剣! あんなもん振れるわけねェだろが!」
「『巨人殺し』を騙るにしてもやり過ぎだ。ハッタリも大概にしとけよ、バーカ」
「デカけりゃ何でもいいってわけじゃねーんだよ! ね? ハンマさんもそう言ってましたよね!?」
そのハンマ君なのだが……すんごく気まずそうな顔で俯いている。
滴り落ちる脂汗。
両手剣を撫でる指はピタリと止まり、かすかに震えていた。
どことなく、一房の前髪がさっきより萎びているようにも見える。
……そりゃそうだ。
あいつは自分が偽物だと自覚している。
状況を考えれば、目の前にいるほうが本物だと分かっているはずだ。
だからといって、仲間の手前、それを認めるわけにもいかないのだろう。
両陣営に挟まれた結果、ハンマ君の絞り出した声は腹話術みたいにか細かった。
「ン~……? ま……マァ、放っといてやれヨォ……あんま人様と……揉めるもんじゃないゼェ……?」
「うわ、ハンマさんマジ優しい」
「ニセモノ相手に怒らないとか、さすがだぜ。人間が出来てるんだよなぁー」
「お前ら命拾いしたな。ハンマさんがキレてたら殺されてたぜ?」
「そそ、そんなことしないヨォ……? もう、行きなヨォ……」
あくまで顔をそむけたまま、道の先を指差すハンマ君。
お願いだから早く行ってくれ――という心の声が聞こえてくるようだった。
こちらとしても、もう見てられない。
こういうのを共感性羞恥と言うのだろうか……。
俺は、なおも何か言いたげなブリギットを後ろから押して歩かせつつ、その場を後にする。
「なんというか……ほどほどにな」
一言だけ助言を残すと、冒険者たちは不思議そうな顔をした。
ハンマ君だけが密かに頷いていた。
◆
「放っといていいの? 彼が悪さでもしたら、貴方の名誉に傷がつくんじゃないかしら?」
彼らと別れたあと、ブリギットは不完全燃焼だとばかりにブツクサ言い出した。
確かに俺の名を騙って犯罪でも犯されると少し困る。
でも元の世界に帰りさえすれば関係ない話だ。俺が去った後のことなど心配したってしょうがない。
それに、彼がそこまで邪悪な人間だとも思えなかった。
詐欺師という意味では悪党かもしれないが、せいぜい小悪党止まりだろう。
強盗や殺人が身近な世界であることを思えば、可愛いもんだ。
「どうでもいいよ。二つ名とか名乗った覚えもないし。むしろ自分で名乗ったあいつのほうが元祖と言える」
「そんなわけないでしょう……」
「ていうか、いちいち挑発するなよ。あいつらが剣でも抜いてたら、絶対殺し合いになってたぞ」
「平気よ。あんな連中に後れを取ることはないもの」
「そういう問題じゃなくて」
と、まさにそんな言い合いをしている最中だった。
――うわあぁぁぁぁ!!
――おい何とかしてくれよハンマさん!!
悲鳴と怒号。
バキバキと木々をなぎ倒す音。
足裏に振動を感じる。
見下ろせば、道端の水たまりが波紋を広げていた。
……どうやら本当に強敵が現れたらしい。
「巨鬼か……。くそっ、助けに行くぞ」
「あら、『巨人殺し』がついてるんだから問題ないんじゃない?」
「言ってる場合か!」
俺はブリギットと共に森を引き返した。




