七話 殺す?
旅立ちから三日目。
これまでは見通しの良い平原地帯が続いていたから、のほほんと歩いて来られた。
しかしここからは森のなかを進まなくてはならない。
街道を飲み込むような恰好で原生林が広がっているからだ。
慎重な旅人なら、道なりに進むのを諦めて迂回するようなロケーションだろう。
もし探知呪文がなければ、俺もそうしたと思う。
これは、俺が最初に習得した魔法であり、最も信頼の置ける索敵手段だ。
「呪文を唱えるから、話しかけないでくれよ」
ブリギットに断りを入れてから、ふぅ……と一息。
頭のなかを空っぽにする。
魔法の行使には、まず呪文を正確に想起する必要がある。
むしろそっちが本文で、口に出して唱える部分はただのトリガーだ。
思い浮かべた綴りが少しでも欠けていたり、ボヤけたまま詠唱すると、暴発して脳震盪を起こしてしまう。死にはしないが、敵が近くにいれば死んだも同然だろう。
だから普通は十秒前後、呪文の長さによっては数十秒もかけてイメージを固めなくてはならない。
ブリギットのような言語の天才でもない限り、戦闘中に魔法を行使するのは分の悪い博打だ。
筆記体めいた呪文を一画ずつ想起し、慎重にピリオドを打つ。
綴りの正確さ、明瞭さをチェック。
そして呪文名を宣言。
「――《魔力探知》」
キィィ……というマナの細動音。
この音は成功の証だ。
呼応するように、かすかな魔力の波動が俺の瞳に収束していく。
内心、ホッとした。
最も使い慣れている魔法とはいえ、その行使にはいつも一定の緊張がつきまとう。
一瞬、眩暈に似た不快感を覚えるが、これは感覚の拡張に脳が追いついていないだけだ。少しすれば馴染む。
「ふぅ……」
首尾よく探知呪文を唱え終えると、俺は目の前の森を見た。
鹿やリスといった野生生物が青く浮かび上がって見える。
効果範囲はおよそ半径一五〇メートル。
開けた場所では無意味だが、こういう遮蔽物だらけの場所では圧倒的なアドバンテージを得られる。
どうやら範囲内に魔物はいないようだ。
安全を確認すると、俺たちは森に足を踏み入れた。
◆
その集団を探知したのは、木漏れ日のなかを小一時間ほど歩いた頃だった。
道の先に、全部で五つの魔力光が見える。
サイズや形から言って人間だ。
大きな動きはなく、一人は座っている。
こんな森の中で休憩でもしてるんだろうか。
「誰かいるな……」
「追いはぎかしらね。殺す?」
ブリギットは細剣の柄に手を置き、何でもないことのように言った。
「いや、判断早すぎだから……。たぶん追いはぎではないと思う。休憩中の冒険者か何かじゃないか?」
彼らは道のど真ん中でたむろしている。
後ろめたいことを企んでいるなら、もう少し身を隠す努力をするだろう。
人数的にも、冒険者パーティーだと考えるのが自然だ。
「そう。でも油断は禁物よ。冒険者であれ何であれ、人目のつかない場所では魔が差すことだってあるんだから」
「まぁね」
実に哀しい発想だが、そういうケースは決して珍しくない。
山は密室である――なんて言葉を何かで読んだことがあるが、捜査能力など皆無に等しいこの異世界では、人里以外のほとんどの場所が密室だ。
とある村を去った直後、そこの村人に襲われたことさえある。
特に女連れだとそういう事態に陥りやすい。
ブリギットと行動を共にするようになってから、明らかに襲われる頻度が増えた。
理由については言わずもがなだ。
そんなことを考えているうちに、彼らの姿が見えてきた。
思った通り、いかにも冒険者といった風体の五人組だ。
いずれも若者で、たぶん二十代前半。
俺は片手を上げるジェスチャーで挨拶した。
こうして敵意がないことを示すのは、武器を携行する者として最低限のマナーだろう。
たいていの場合、同様の挨拶が返ってきて終いだ。
しかし、彼らはこちらを一瞥したあと、無視して会話を続けた。
あまり友好的な感じではない。
あるいはマナー自体を知らない、駆け出しか。
まぁ、若い冒険者にはヤンキーみたいな奴も多い。そういう連中は全方位に対抗心を燃やしているものだ。おおかた、挨拶したら負けとでも思っているのだろう。
お望み通り、干渉せずにこのまま通り過ぎてしまおう。
――と、思ったのだが。
聞こえてきた会話にギョッとした。
「しっかし、ハンマさんとパーティーが組めるなんて夢みたいっすよ!」
「ああ、まさかあの『巨人殺し』がおれたちの仲間になってくれるなんてなぁ」
(えっ……えっ?)
てっきり話しかけられたのかと思い、俺は冒険者のほうを見た。
しかし彼らは誰一人こちらを見ていない。
結果、二段階で困惑してしまった。
どういうことだ?
何やら、彼らのパーティーに俺がいるかのような口ぶりだったが……。
訳も分からず聞き耳を立てていると、リーダーと思しき若者が芝居がかった調子で喋り始めた。
「フッ……いざってときはこの『巨人殺し』のハンマ様に任せとけ。巨鬼だろうがなんだろうが、この大剣で斬り伏せてやっからよォ」
「さっすがハンマさん!」
ハンマを名乗るその男は、一人だけ倒木に腰を下ろしている。
そして両手剣の刃を撫でていた。




