六話 何そのイメージ……
ブリギットは訳知り顔で語った。
「ニホン人は誰もが屈強な武人で、しかも難解な文字体形を使いこなす賢者でもあるのでしょう? 悔しいけれど、偉大な民族だわ。エルフの名誉に懸けて粗相がないようにしたいのよ」
彼女の口から語られる日本人像に、耳を疑う。
「え、何そのイメージ……」
日本人が武人? 賢者?
なんだそれは……一体いつからそんな認識になってたんだ?
俺はそんなことを吹き込んだ覚えはないぞ。
「だって貴方よく言うじゃない。『自分は普通のニホン人だ』って」
「それはまぁ、日本ではごく平凡な学生だったけど……」
「そんな剣を軽々と振り回したり、カンジ文字を扱えたりするのはどう考えても異常よ。この世界の住人に言わせてもらえばね。その貴方が平凡だって言うなら、貴方の同胞は軒並みバケモノ揃いってことになるわ」
ああ……なるほど。
ようやく話が見えてきた。
たぶんだが、ブリギットは漢字を習得できなかったことがよほど悔しいのだ。
だから『漢字が書ける=偉大な民族』と認定することで、自分の挫折に折り合いをつけているのだろう。
だとすれば、あまり否定するのも良くないか。
「あー……確かに、漢字はこの世界の人には難しいかもな」
「でしょう? こと知性に関してはエルフをも上回る可能性があるわ。きっとハイゼンドールの勇者たちも、修辞学的技法に彩られた高度な議論を楽しんでいるのでしょうね」
「そ……れはどうだろう……?」
「会えるのが楽しみだわ」
憧れの地に想いを馳せるように、ハイゼンドールのある北東を見つめるブリギット。
どことなくパリを夢見る少女みたいな印象を受けた。
いくらなんでも期待しすぎのような気もするが……まぁ、旅のモチベーションになるなら何でもいいか。
せっかく京都に行くんだから舞妓さんに会ってみたい、と思うのと一緒だ。一目見て、『会えた』という実績を作れば満足するはず。
もっとも、あいつらに舞妓さんほどの価値があるかと言われれば甚だ疑問だが。
そんな益体もない会話をしているうちに、郊外の田園風景が途切れて、辺りは野原に変わっていた。
左手には連綿とつらなるフィン山脈の威容と、その裾野に落葉樹林が広がっているのが見える。春に生え揃ったばかりの若葉はまだ淡く、緑というより黄緑に近い色合いだ。
向こう四日ほどは、あの山並みを横目に見ながら歩くことになる。
「まずはフィノックに寄るのよね。どんなところなの?」
酒場では興味なさそうにしていたブリギットだが、話は聞いていたらしい。
フィノックには書簡を届けに行く予定だ。
ただ、配達依頼がなくても元々立ち寄るつもりだった。
ハイゼンドールへ行くにはどうしてもフィノックを経由する必要がある。
「ハイズ地方の玄関口みたいな町だ。あのフィン山脈を横断できる唯一の峠道があって、その入り口がフィノック」
「ふぅん、ほかのルートはないのね?」
「なくはないけど、大幅に遠回りすることになる。その場合、ひと月は余計にかかるかな」
「それは御免だわ」
「だろ?」
南側からハイゼンドールを目指すなら、ルートはほぼ一択。
まずはフィノックを通過し、峠を渡ってハイズ地方に入る。
まだ先は長いが、ブリギットと一緒ならそれほど退屈しないだろう。
ちょっとした珍事に巻き込まれたのは三日目のことだった。
次話より投稿時刻がお昼の12:00になります。
13話まで毎日1話、それ以降は毎週1~2話の予定です。
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