四話 相棒
「ブリギット」
「くすん……なぁに……?」
「俺はハイゼンドールに行かなくてはならない。悪いがそこは譲れない。お前と遺跡に潜るのは今回が最後だ」
「ひどいよぉ……ひっく、ひっく……」
「あとウソ泣きをやめろ」
「くッ……」
瞬時に芝居をやめ、ギリリと親指の爪を噛むブリギット。
眼球だけギョロギョロ動いているのは、なおも俺を言いくるめようと頭がフル回転しているからだろう。なんと往生際の悪いことか。
それでもやがて、力なく肩を落とした。
ようやく折れてくれたらしい。
「はぁ……分かったわよ。残念ではあるけれど、貴方を足止めする権利は誰にもないものね」
「ブリギット……」
「その代わり、私もついて行くわよ。もし貴方の当てが外れた場合、すぐに研究を再開したいもの。それに貴方の同胞にも興味があったし。それくらい別にいいわよね?」
ブリギットは腰に片手を当て、澄ました顔でそう言った。
スラリと背の高い彼女がこういう仕草をすると、なかなか様になるのだが、何せさっきまでの醜態を見せられた直後だ。別にいいわよね(キリッ)じゃないよ。
しかし、ブリギットを連れて行く……という選択肢か。
能力的には、まったく問題ない。
彼女は旅慣れているし、そこらの冒険者よりは剣の腕も立つ。さすがはエルフと言うべきか、魔法に関しては俺よりもずっと上手だ。
だから決して足手まといというわけではない。
むしろ《水の生成》を使える彼女がいれば飲み水の心配がなくなるので、所要日数の短縮にすらなるだろう。
しかし、今回の旅には予想のつかない部分も多い。
ハイゼンドールまでは十日も歩けば到着するとして、問題はそのあとの展開がまるで読めないことだ。
力と言語を失った元クラスメイト。
正常とは言い難い安藤の精神状態。
それに、俺たちをこの世界に召喚した諸悪の根源――天使長セラフィーナとの確執もある。
あの傲慢な上位存在が、かつて追放された無能の俺を訳もなく家に帰してくれるとは思えない。
きっと何か条件を課されるはず。
たとえば勇者の使命――「《邪王》を殺害せよ」というような……。
最悪、何年もさ迷う羽目になる可能性だってなくはないのだ。
そんな不透明な旅路に彼女を付き合わせるのはどうなんだろうか。
「……きっと危険な旅になるぞ」
「ねぇハンマ、貴方はイマイチ理解していないような節があるけれど、遺跡ってとんでもなく危険な場所なのよ? 気軽に踏み込んで行く貴方が異常なのであって、私たちはすでに誰よりも危険を冒しているわ」
気軽って……俺だって細心の注意を払ってるつもりなんだが。
彼女の目にはそんな馬鹿みたいな奴に映ってるんだろうか。
「それに、何年かかるのかも分からないんだぞ」
「人間の時間感覚で語らないで頂戴。数年ごとき、エルフにとっては休暇と変わらないわ」
頑として譲らないブリギット。
どうやら、彼女のなかで旅に同行することは決定しているらしい。
平均して五百年は生きるというエルフにとって、一年の値打ちは確かに人間のそれとは違うだろう。本当に、彼女にとってはちょっとした休暇のような感覚なのかもしれない。
俺としてはあまり彼女を巻き込みたくなかったのだが、本人の意思はこのとおり固まっている。そして、彼女を拒む合理的な理由が、にわかには思い浮かばなかった。
今度はこっちが折れる番だった。
「……分かったよ。お前の言うとおり、当てが外れたときはまた相棒が必要になるだろうしな。いちいち解散するのも二度手間か」
「決まりね」ブリギットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。「そうと決まれば、さっさと旅の支度をしちゃいましょう。余計な荷物は売り払って、食料を詰め込む隙間を作らないと」
ブリギットは俺の右手を取って歩き出した。
城門ではなく、商店のほうへ向かって。
「お、おい、遺跡は?」
「今は貴方の事情が優先よ。帰れるにせよ帰れないにせよ、一日でも早く確定させたいもの」
なんとせっかちな奴。
時間感覚の話はどこに行ったんだ。
一日でも早くって、並の人間よりずっと忙しないじゃないか……。
ともあれ、俺はブリギットと共にハイゼンドールへ向かうことになった。




