一二話 彼には慧眼が備わっているわ(迫真)
森を抜ける頃にはとっくに昼を過ぎていた。
あと二時間も歩けば夕方になってしまうだろう。
巨鬼との戦いに時間を取られたせいで、わずかに旅程が狂った。
フィノックに到着する時刻によって、宿で一泊するかそのまま峠道を渡れるかが左右される。実質、半日ぶんもの差が生じてしまうわけだ。
なので、日が暮れるまでになるべく距離を稼ぎたい。
「少し急ぎたいんだけど、体力的にどうだ?」
「問題ないわよ。別に大暴れしたってわけでもないし。そういう意味では、むしろ貴方のほうが心配なのだけど」
「俺は大丈夫。少しペースを上げよう」
「本当は彼に追いつかれたくないだけでしょう?」
「……ぶっちゃけ、それもある」
噂をすれば、背後から足音が聞こえてきた。
「待ってくれよォ……! 頼む、話だけでも聞いてくれアニキィ!」
ゼェゼェと息を切らしながら、小走りで追いかけてくる偽物のハンマ君。
綺麗なままの両手剣を、大事そうに肩に担いでいる。
もちろん待つわけがない。
何が悲しくて自分の名を騙る偽物を弟子にしなくちゃいけないのか。
やがて彼が追いついてきたが、俺たちは一切ペースを落とさずスタスタと歩を進める。
「た、頼むよォ、オレに出来ることなら何でもする、荷物持ちでも、飯の支度でも……!」
「ごめん……実は『名前と二つ名が被ってる人とは関わるな』っていう家訓があって……」
「それについてはマジですまねェ……! 本当はオレ、テオドロってんだ。もう二度とアンタの名前を使ったりはしねェ!」
「当たり前だろ」
ハンマ君改め、テオドロ。
それが彼の本名らしい。
それだって本当の名前かどうかは疑わしいものだが。
「オレ、『巨人殺し』に憧れて盗賊から足を洗ったんだ。いつかアンタと肩を並べるようなすげェ冒険者になって、あわよくば仲間にしてもらえたらって……だから有り金叩いてこんなデカい剣まで買ってさ……全部、アニキみてェになりたかっただけなんだ!」
聞いてもないのに語り始めるテオドロ。
その正体は、まさかの元盗賊ときた。本人は釈明のつもりかもしれないが、むしろ余罪が発覚したようなものである。
黙って聞いていたブリギットが、白けたようにため息を吐いた。
「呆れた。盗賊をやめて、今度は憧れの人から名前を盗んだってわけ? 骨の髄まで盗っ人ね」
「ぐッ……一言もねェ……。申し開きのしようもねェ……。でも! 最初はわざとってわけじゃなかったんだ! 聞いてくれ……!」
「申し開きしてるじゃないの」
テオドロが言うにはこういうことらしい。
念願の両手剣を手に入れたあと、酒場に入っては自慢げに壁に立てかけて、ウキウキとした日々を過ごしていた。
俺が酒場ではそうしているという噂を聞いて、真似をしていたらしい。
するとある日、例の冒険者たちが話しかけてきた。
『その剣……あんたまさか、あの巨人殺しか?』
両手剣を使う冒険者などほとんどいない。高価すぎるし、意外と耐久力も低く、何より鞘がないので持ち運びが不便だ。戦争以外で持ち歩いている奴がいたらものすごく目立つ。
だから勘違いされるのも無理はないのだが、冒険者になりたてのテオドロはその辺の常識を知らない。
逡巡した末に、こう答えた。
『ン~……? まァ、似たようなもんかナ……?』
『やっぱり! 本当に大剣の使い手なんだな!』
『ま、まァな……大剣使いではある……のかな……? まァ持ってはいるな……』
『すげぇ!』
誤解され、かといって訂正するでもなく、なし崩し的に祭り上げられていくテオドロ。
気づけば彼らの用心棒のような恰好でパーティーに加わっていた。
しかし、盗賊あがりのゴロツキに両手剣の心得なんてあるわけもない。
実際に戦えばまるで使えないことがバレてしまう。
だから自分は雑魚戦には参加しない、という条件を作って、徹底的に戦わない立場を守り通した。
――巨鬼に襲われるまでは。
「――オレだって、本当に巨鬼と出くわしたら、そん時はイチかバチかやってやるって覚悟はあったんだ。あいつらには世話になったし、その……引け目もあったからな。でも、いざ実物を前にしたら、体が動かなくなって……」
「それであんな所に突っ立ってたのか」
戦うでも逃げるでもなく、うわ言のように何かを呟いていた姿を思い出す。
熊と同じで、巨鬼には逃げるものを追いかける習性がある。
あの阿鼻叫喚の状況で、ひとりだけじっと動かなかった彼は、運よくターゲットから外れていた。
テオドロは恐怖の追憶から一転、ウルウルと目を輝かせた。
「そこに現れたのがアニキだ! ワケわかんねェ距離を跳んできて、一撃で巨鬼をビビらせちまってさァ! 挙句にあのバケモンと互角以上に殴りあっちまうなんて、今思い返しても信じらんねェよ! ああ、これが本物なんだ……って思ったよ。こんな、おとぎ話から抜け出してきた英雄みてェな人と肩を並べるなんて、絶対に無理だって、一目で分かっちまった……」
「……だから弟子にしろっていう理屈はおかしくないか?」
「頼むッ! 決して迷惑はかけねェ! そばに置いてくれるだけでいいんだ!」
追いすがるテオドロに、ブリギットが冷たい視線を向けた。
「馬鹿馬鹿しい。ハンマが盗賊なんかと行動を共にするわけがないでしょう」
「もちろん、もう盗みなんかしねェ! オレァもう足を洗ったんだ、二度と人様に迷惑をかけねェと誓うよ!」
「見苦しいわ」
「そう言わずに! なァ、頼むよ奥さまッ!」
ブリギットが突然足を止めた。
「――奥様?」
「ヘッ? 違うのか? オレァてっきり、二人は長年連れ添った夫婦なのかと……」
「ふむ……。ハンマ、彼には慧眼が備わっているわっ」
「何言ってんの?」
キリッとした顔をでそんなことを言われても困る。「ふむ……」じゃないよ。
「そ、そうか。結婚してるってわけじゃねェんだな」
「そうね、まだその段階ではないわね。仮にそう見えるのだとしても」
「そうかそうか、時間の問題ってワケだな。そんじゃ姐さん! オレの弟子入りを許してくれるよう、アニキを説得しちゃくれねェか? いずれは尻に敷くつもりなんだろ? なァ頼むよ姐さん!」
「ハァ……本当に世話の焼ける」
「おい! 言いくるめられるな!」
俺ではなくブリギットのほうを懐柔するとは、なんという抜け目のなさだ。
さすが、一度も戦わずして冒険者パーティーに居座り続けただけのことはある。これが本物の詐欺師か……。




