一一話 本物と偽物
偽物のハンマ君が腰を抜かすというアクシデントのせいで、思わぬ苦戦を強いられた巨鬼戦。
しかし二体目は笑ってしまうほど簡単な戦いだった。
それはそうだろう。
もともと俺たちにとっては一対一でもどうにかなる相手だ。
それを二人がかりで処理するのは弱い者いじめと変わらない。
ブリギットの硬直呪文《一時の硬直》によって動きが止まったところに、大剣を振り抜いて腹を裂く。
大蛇と見紛う極太の腸をこぼしながら、ズウゥゥン……と重量感たっぷりに倒れる巨鬼。
「ヴゥ……シュルルゥゥ……」
苦しそうにうめき声をあげている。
どう見ても致命傷だが、即死ではない。内臓が露出したくらいではすぐには死ねないものだ。
悪戯に苦痛を長引かせる必要はないので、すぐに介錯をしてやる。
「ごめんな。今、楽にする」
とはいえ、さすがにこのサイズの首を素の筋力で断ち切るのは難しい。
だから、手早く頭をカチ割ってやった。
強張っていた体から力が抜け、くたりと動かなくなった。
頭蓋から剣を引き抜くと、森に静寂が戻った。
これにて戦闘終了だ。
「悪いブリギット。あっちの奴に手間取った」
「見てたわよ。あんな奴のためにずいぶん無茶をしたものね。――《水の生成》」
ブリギットが呪文を唱えると、水用の革袋がみるみる膨らんでいく。
サラっとやってのけたが、喋りながら呪文を想起するなど正気の沙汰じゃない。
俺などは想起中に話しかけられただけで失敗するというのに。
ブリギットは魔法で作った水を何口か飲み、俺の口にも注ぎ込んだ。
ミネラルなど皆無の純水だから、ぶっちゃけ美味くはない。しかも浸透圧の違いでむしろ体内のミネラルを奪われるため、あまり大量に飲むのはよろしくない。
色々不便ではあるが、それでも食中毒の恐れがない水を得られるのだから途轍もなく有用な魔法だ。
水分補給が済むと、残った水を大剣にかけてくれた。
俺はそこに布をあて、丁寧に血を洗い落としていく。
もちろん本格的なメンテは野営のときにやるが、血だけは早めに落とさないとあっという間に錆びてしまう。鎧に付着した返り血もあとで拭き取らなくてはならない。
そうして装備品の洗浄に勤しんでいると、
「す……すげぇ…………」
「マジで巨人を殺っちまった……」
木陰で縮こまっていた冒険者たちが、おずおずと近寄って来た。
巨鬼の死体を突っついてみたり、大剣を見つめながら素振りのパントマイムをしてみたりと、何やら好き勝手な時間を過ごしている。
ブリギットの額に血管が浮かんだ。
「それで? 何か言うことはないわけ?」
彼女の問いかけに、ギクゥッ! と音が聞こえそうなほど背筋を正す冒険者たち。
互いに顔を見合わせたあと、彼らは俺の前に集まった。
「……疑ってすまなかった。あんたは、本物の『巨人殺し』だ」
「あんたが戻ってきてくれなきゃ、今ごろおれらは死んでる……まさに命の恩人だよ」
「な、なぁ……彼が巨鬼の攻撃を弾き返すところを見なかったか……?」
「見た! なんなんだよアレ!? 勇者を称える歌だってあそこまでは脚色されてねぇよ!」
「そりゃ、人間が巨人に押し勝っちまうとか吟遊詩人も信じねぇだろうしな」
「つーか魔法使いの姉ちゃんもすごくねぇか? 魔法って、戦いながら使えるもんなのか……?」
謝罪ムードはあっという間に霧散し、気づけば「いい試合を見た」みたいな雑談が始まっていた。興奮冷めやらぬといった様子で、あの一撃が凄かったとか、あの魔法はなんだとか、キャッキャと楽しそうである。
目の前で、命の恩人がせっせと剣を洗っているというのに……。
ともあれ、死傷者を出さずに済んで良かった。
四人ともあちこち汚れてはいるが、とくに外傷はないようだ。
この様子なら自力で帰還できるだろう。
……ただ、ひとりだけ心配な奴がいる。
偽物のハンマ君だ。
彼はあれから一歩も動かず、今も、少し離れたところでへたり込んだままだった。
何をするでもなく、生気のない瞳でじっと両手剣を見つめている。
亜麻色のオールバックはすっかり解れ、ずいぶん前髪が増えているが、それを直そうという気力もないようだ。
あんなんで帰れるんだろうか。
「チッ、あのホラ吹きめ。何が『巨人殺し』だ、本物の後ろで腰抜かしてただけじゃねぇか」
「おい偽物野郎! もうお前は仲間でもなんでもねぇ!」
「二度とこの辺をうろつくんじゃねぇぞ、次に見かけたらぶっ飛ばすからな!」
雑談を終えた冒険者たちは、偽物に罵声を浴びせた。
そして、彼を置いて去って行った。
(まぁ、そうなるよな……)
偽称、詐欺、契約違反。
彼の罪状を並べれば、民事・刑事を問わず多岐にわたる。
置き去りにされるだけで済んだのはむしろ幸運だろう。彼らの気性を考えれば、私刑に発展していても不思議ではなかった。
何にせよ、ここから先は彼自身の問題だ。
更生して真っ当な道を歩むのか。それとも似たようなことを繰り返すのか。
俺に知る由はないが、なるべくなら前者を選んでほしいと思う。
応急的なメンテが済むと、俺は大剣を専用のベルトに引っ掛けて背負った。
さぁ、旅を再開しよう。
――と思った矢先だった。
「待ってくれ、ハンマさん……いや、アニキ! 待ってくれよ、アニキッ!!」
偽物がそう言って、よたよたと駆け寄ってきた。
聞き間違いでなければ、今、彼は何者かに向けて「アニキ」と言ったような気がする。
俺は周囲を見回してみた。
その単語に該当するような人影はどこにも見当たらない。
はて……なぜだか嫌な予感がする。
偽物は俺の目の前までやって来ると、土下座に近いポーズで頭を下げた。
「オレを弟子にしてくれ! アニキッ!!!」
なんか始まったんだけど。




