一〇話 ジャイアントパリング
巨鬼を惹きつけているあいだに偽物を逃がし、邪魔者がいなくなってから正攻法で戦う。
それが、俺のプランだった。
しかし偽物が腰を抜かしたことで予定は白紙となる。
こいつが背後にいる限り、回避行動はとれない。
「ヴモオォォォォォォォォ!!!」
咆哮をあげる巨鬼。
重低音の胴間声が、鼓膜どころか内臓まで震わせる。
悪魔じみた鳴き声でお馴染みのコアラに似た声だ。
尤も、声量は桁違いだが。
所詮は人間――そう高を括ったのだろう。
ついにその巨体が迫って来た。
どデカい拳が振り下ろされる。
回避してカウンターを叩き込むのが定石だが、今は避けるわけにはいかない。
消耗の激しい《大跳躍》によって、体は内側から悲鳴を上げている。
しかし出し惜しみはできない。
「――シッ」
垂直に振られた拳に対し、大剣の袈裟斬りで迎え撃つ。
インパクトの瞬間、《魔力偏重》によって力を増大。
斜めからぶち当てることで軌道を逸らした。
奴の拳は、俺ではなく地面を叩く。
巨鬼の小指が宙を舞い、あらぬところへドサリと落ちた。小指だけでも人間の腕ほどのサイズ感がある。
「ヴォオオォォ!」
指を落とされた痛みか、それとも怒りか。
その雄叫びは悲鳴とも怒号ともつかなかった。
すぐさま横殴りが飛んでくる。
刃ではなく、剣の腹を叩きつけて相殺。
車両事故を思わせる衝突音が森に響き渡った。
「――――ゼァ!」
かき集めた魔力の余勢で押し返し、巨鬼を仰け反らせる。
巨体が数歩、後ずさった。
「嘘だろ……? 人間が……巨人と打ち合ってる……?」
後ろから聞こえてくる呑気な言葉にイラっとさせられる。
誰のせいで打ち合う羽目になったと思っているのか。ヒット&アウェイの正攻法で戦えるなら、《魔力偏重》などという切り札を切る必要もなかったのだ。
しかも、相手の質量を考えると小出しにはできない。
毎回本気に近い出力を強いられる。
あくまで体感だが、あと三合の受け流しが限界だ。
このまま受けに回ればジリ貧。
……なら、一か八か攻めに転じるしかない。
「おぉらぁぁぁぁッ!」
敢えて予備動作を強調した、見せの斬り上げモーション。
大声をあげたのはただのポーズだ。
今から凄いことをするぞ、という警告だ。
真に受けて、こちらの一手を過大評価したか、巨鬼は大げさに退いた。
だが俺の狙いは攻撃ではない。
地面ごとすくい上げて煙幕を張ること。
刃が大地に刺さった瞬間、九〇度の軸回転。面積が大きい鎬を使って可能な限り大量の土砂をぶちまけた。
土まじりの石礫が巨鬼の顔面にバチバチと当たる。
それを嫌がって、奴は反射的に目を守った。
――勝った。
ごく短時間とはいえ、自ら視界を塞ぐなど愚の骨頂だ。
お前は失明を覚悟してでも目を開けておくべきだった。
振り上げた勢いのまま剣を肩に担ぎ、すかさず距離を詰める。
全力のスライディングで巨鬼の股下を潜る。
背後に回ると振り向きざまの薙ぎ払い。
正確にアキレス腱だけを断ち切った。
「ヴルルォアァ!?」
今度は明らかに悲鳴だった。
踏ん張りが利かなくなり、たまらず膝を突く巨鬼。
立っていれば巨人だが、四つん這いなら程よい高さの踏み台に過ぎない。
奴のケツを足場にして飛び上がる。
推定だが、今の俺の身長は一九〇センチメートル強、体重は一五〇キログラム近く。
防具を含めた荷物は約四〇キロ、この剣も五〇キロは下らない。
空中から狙いすまし、装備品込みの全体重を乗せた大剣で後頭部を突き刺した。
「ゴヴォッ――――」
およそ二五〇キログラムの重量を込めた渾身の刺突。
果たして剣は根本まで貫通した。
おそらく今、こいつの口からは切っ先が生えていることだろう。
ビクンと身じろぎしたのを最後に、巨鬼は地に伏した。
土煙が周囲に広がる。
中枢神経を貫かれて死なない生物などいない。
それは魔物も同様だ。
動かなくなったことを確認して、血まみれの剣を引っこ抜く。
少し手間取ったが、一体目を仕留めた。
あとはブリギットの加勢に向かえば万事解決だ。
「巨人殺し……これが……本物……」
もはや見たまんまの事しか言わなくなったハンマ君を放っといて、俺は相棒のもとへと急いだ。




