魔王ちゃんと決着、血冠魔王
「倦怠感がヤバいなぁ。ライブが終わった後も笑顔でいるべきなんだろうけれど、これはしんどい」
舞台となっていた現闇を消した僕は、瓦礫に背中を預け薬巻を口に咥えて火を点ける。
煙を吐き出しているとミーシャとガイル、テッカとアルマリアさんが歩んできたから僕は片手を上げて彼ら彼女らに笑みを見せる。
「お疲れ。いいライブだったわね」
「でしょ。ファンがいればアイドルは最強なんだよ」
「あのクマ、殴り合ったらどっちが勝つかしら?」
「そういうのは止めようか。そもそも半身だから大事にしようねぇ」
「……はいはい」
ワンテンポおいて返事をしたところを見るに、何処かのタイミングでこの聖女様は絶対にクマに殴りかかる。ミーシャの前ではあまり使用しないようにしよう。
「おうリョカ、お前さんは絶慈を使えないっつってなかったか?」
「ああ、さっき思いついて今さっき作ったばかりだからね。ロイの血思体と勇者の神気一魂を見て思いついた」
「……マジで今しがたの出来立てほやほやじゃねぇか。ぶっつけ本番にもほどがあんだろ」
「使えないスキルなんて作らないよ。まあそれに、ある種の決意表明でもあるからね」
「決意表明?」
「うん、だってこのスキル、愛想を尽かされたら何も出来ないもん」
「あ~……ミーシャが言ってたんだが、お前さんに夢中になってる奴からもってくんのか」
「ちょっと違う。僕の歌を聞きたい、僕のことを見ていたい、僕のことを考えたい、リョカちゃん可愛いよ~って人から魂の一部を借りて顕現させる。原理は聖剣とかと一緒」
「わけわかんねぇスキルを作っちまうもんだな。お前が敵じゃなくて安心してるよ」
「ありゃ、それはわからないよ? ガイルが堕落したのなら歌を聞かせに行くのかもしれないよ」
「……お前さんが違えるっつう選択肢すらないんだな」
「ないよ。僕はこの世界を愛しているし、この世界に住む人々を巻き込んで僕の可愛さを発信するんだもん。怖がらせるのはたまには良いかもだけれど、絶望なんかはさせないよ」
「それが魔王の言葉かよ」
「うん、誰よりも自分勝手に生きてるでしょ」
大声で笑うガイルに、僕はウインクを投げた。
すると、テッカが随分呆れた顔をしているのが見え、僕は首を傾げる。
「おいリョカ、今度再戦させろ。学校に通わせるのは惜しい」
「まずはミーシャに勝ってからね。それに結構学校も楽しいよ、2人ともちゃんと来てよね」
「ミーシャとは第2ギフトが解放されてからだ。ああそれと、学校の件だが、ギルドで報告をした後、お前たちについて行く。これだけのことをしたんだ、学園への報告も俺たちが間に入った方がすんなりいくだろう」
「あ~助かるかも。先生になんて報告したらいいか考えてたんだよ」
魔王の1人を倒しましたなんて報告したら、きっとヘリオス先生の胃がねじれてしまうのではないだろうか。
そんな光景を思い浮かべ、つい笑ってしまっていると、アルマリアさんが傍にやって来てピトと体をくっ付けてきた。
「おおぅ? アルマリアさん?」
「……」
「えっと?」
「ごめんなさい」
「なにがですか?」
「……本来なら今回の依頼、お2人には補助に回ってもらう予定でした。2人の実力を計り間違えただけでなく、私たちが率先してやらなければならないことを全てリョカさんとミーシャさんに押し付けてしまいました。ギルドマスターなのに、私より危険な目に合わせて」
顔を伏せているけれど、涙声になっているアルマリアさんに僕とミーシャは顔を見合わせた。
するとミーシャが面倒そうに動き出そうとしたために、僕は首を横に振って制し、アルマリアさんの頭を撫でた後、抱っこして向きを変え、膝に乗せる。
「わ、わ」
「ねぇアルマリアさん、ちょっとパーフェクトサテラ使ってもらっていいですか?」
「へ? あ、はいですぅ。パーフェクトサテラ」
僕は小さく呼吸をすると、先ほどの戦闘で行き場を失くした肩に乗っている小さなクマに少しお願いしてギフト・『他の目を盗む者』を選択した。そして喝才を使用、スキル・『触れ合う視界』を使用する。
触れあっている者と同じ視界を得るというスキルで、アルマリアさんが見ている光景が僕の視界にも入ってくる。
「ねえアルマリアさん、このスキルは温度だったり、スキルの使用時のエネルギーだったりを可視化してくれているスキルでしょ? 今僕たちの体温が映っていると思うけれど、それ以外の数字に目を向けたことはある?」
「それ以外、ですかぁ? えっと、このたくさんの数字のことです?」
「そう、それ」
僕は落ちている石を投げ、そこをアルマリアさんに見えるように指差す。
「随分と大雑把だけれど、石が落ちた場所にも数字が書いてあるでしょ? その数字をよく覚えてね。それでその数字をグリッドジャンプに組み込んで使用」
僕はアルマリアさんを抱えたままグリッドジャンプを使い、一度転移する。
そして元の場所に戻り、彼女の顔を覗く。
「グリッドジャンプは座標転移って言ってね、決められた数字に転移するスキルなの。僕の場合は現闇でその目印をやっちゃってるけれど、本来は数字に向かって飛ぶスキルであって、間違っても曖昧な転移スキルじゃないの」
「座標転移……んぅ? あれ、今リョカさん、私が見ているもの見えてます?」
「さあどうだったかな?」
僕はそれをはぐらかすと、アルマリアさんを横に避けて立ち上がり、すでに虫の息のロイ=ウェンチェスターに目をやる。
「もう動く元気もないって感じ?」
「……私は、負けたのですね」
「うん、完膚なきまでに勝ってやったよ」
「強いですね、あなたは」
「同じこと言われたよ」
そして僕はガイルに目を向ける。
「ねえガイル、1つ僕の我が儘を聞いてもらって良い?」
「……言ってみろ」
「血冠魔王。ううん、ロイ=ウェンチェスターはここで死ぬ。勇者であるガイルは言いたいこともぶつけたい怨みもあるかもしれないけれど、ここは僕に譲ってくれない?」
ガイルが肩を竦ませると、その大きな手を僕の頭に乗せて、荒々しく撫でてきた。
「俺が倒したわけじゃねぇ、好きにしろ」
「ありがとう」
改めてロイに向き直り、小さく息をし、呼吸を整える。
「魔王になったのなら、魔王らしく八つ当たりに徹すればよかったんだよ。あなたはずっと、神様があなたではなく、エレノーラを救ってくれることばかり考えてた」
「……大事な、大事な娘です」
「可愛いよね、フワフワのくせっ毛で、大きくなったらきっと美人さんになっていたと思うよ」
「会ったのですか。ええ、あれは妻によく似ていました」
僕はルナちゃんが入り口から運んできた亡骸を指差す。
「ああ、止まってしまいましたか。本当におままごとだったのですね」
僕は首を横に振る。
「ねえロイさん、救いは下されなかったかもだけれど、奇跡は、起きてたんだよ」
僕は肩のクマを手に乗せ、それをロイさんに手渡す。
「これは?」
「私が笑っていた時にはこのお菓子が傍にあったから、だからこれを作ってくれているんだって。不器用なお父様ですよね。ってさ。あの焼き菓子、砂糖の量はちゃんと計った方が良いよ」
「何故、あのお菓子のことを」
「聞いたんだよ。お母様が作ってくれていたものを、無理して真似ているって。退屈そうな私のためにいっぱい考えてくれたんだって」
「あ、あ……」
「エレノーラはずっと、あなたのことを優しいお父様だって、私もお父様もお母様を愛しているって――」
小さなクマの手がロイさんの手に触れ、淡い優しい光を放った。
「スキル・『私の声を視て』アウフィエルの第3スキル。きっとエレノーラは、ずっと声を届けたかったんだと思う。だからこんなギフトを発現させたんじゃないかな」
ロイさんの肩が震え、小さなクマを優しい手つきで抱き締めた。
「あ、ああっ! 私は、私は――」
「世界を恨まなければならない魔王が、どうして人を愛せるのさ。あなたは魔王になった後もずっと中途半端だった。魔王にもなりきれず、ただ悪戯に惨劇を繰り返して、ただ苦しめて、ただ苦しんで、ただ傷つけた。魔王にだって向いていないのに、どうして魔王になった」
「私は、私は……アンジェと、エレノーラに、また、笑っていてほしかった。私は、そのためなら、魔王にも」
「なれてないんだよ。あなたはただの大量殺戮者だ。この世界でのこれからの歴史でもきっとそう記される。そこに救いを求めただとか、家族のためだとか、そんなものは一切知られることなく、ただの悪人として、あなたは死んでいくんだ」
ポロポロと涙を流し、ロイ=ウェンチェスターが嗚咽を漏らした。
彼のしたことは許されることではない。この結末も彼の今までの行ないを考えるのなら当然だ。
僕もこの結末になんの後悔もない。
でも、もしこの世界にも地獄と呼ばれるものがあるのなら、神でもなく、閻魔様でもなく、せめて僕は、その罰が和らぐように歌を唄いたいと思った。思ってしまった。
こんな悪人に、鎮魂など必要ないと世間は言うかもしれない。
でも、ここまでくる道すがら、きっと彼はたくさんの物を捨ててきた。僕はそれを代金に、彼の魂の安寧を願いたい。
僕はエレノーラの入ったクマの手とロイ=ウェンチェスターの手を取り、歌を唄う。
ロイさんの傷がなくなっていく。けれどそれは体の損傷を直しているだけだった。すでに体は物となって、役目を終えた時計を綺麗にするように、僕の歌は彼だった物を癒していっているように思えた。
「――」
歌を唄いながら彼に目を向けると、彼の背中には、父親の優しい背中には天使のような可愛らしい可憐な少女が抱き着き、僕の歌に合わせて口を動かしていた。
「……可憐な魔王。いいえ、銀幕の女神よ。あなたに出会えて、私は幸福でした」
「うん、あなたと出会えたのは幸福かはともかくとして、エレノーラと出会えたことは幸せだったよ。もう泣かせんなよ」
最期に笑みを浮かべたロイ=ウェンチェスターに、僕は今日一の歌で見送る。
そして歌を終えたと同時に、ロイ=ウェンチェスターの体が灰に変わり、その灰の中には仲良く手を繋いだ2体の小さなクマのぬいぐるみが微笑んでいたのだった。




