勇者のおっさん、その絶景の中で
一度は見ることすら諦めたリョカの絶慈。
あの娘、ここに来る時にまともに使えないとか話していなかったか? いやそれよりも、リョカの奴、あの年で魔王の最終スキルまでたどり着いていたのか。
俺は喉を鳴らして笑い声を上げる。
最速で魔王になっただけでなく、最速で魔王を極めているんじゃないだろうか。
これが誰かも知らない魔王であるのであれば恐怖でしかないが、リョカ=ジブリッド――金色炎すら凌ぐ輝く意思。
それが希望なのか絶望なのか。
いや、奴はそんなものに興味はないと言っていたか。
ならばこうも湧き上がるこの気持ちは一体何なのか。
可憐な魔王が辿り着いたぜっけいとは。
今はただ、彼女の一動作そのすべてに胸が高鳴っている。
「さあ行くよ、欠陥だらけの魔王様。最初で最後の初体験、絶望すらも揺るがす可愛さに酔いしれろ」
ベッと舌を出したリョカがあちこちに現闇を設置したかと思うと、すぐに形を変え、その闇の舞台の上でリョカが先端が丸い棒状の物を手に持っていた。
何が起こるのか。俺はテッカたちに目を向けると、彼らもまた、その景色を固唾を飲んで見守っている。
ミーシャだけは何をするのかわかっているのか、呆れたような顔をしていた。
「まったくあの子ったら、最後までそれなのね」
首を傾げる俺たちを余所に、微動だにしなかったリョカが大きく息を吸ったのが見える。
「最初の歌はやっぱりアップテンポだよね――それじゃあ聞いていってね!」
「は――?」
リョカの言葉に、俺だけではなく、テッカもアルマリアも、血冠魔王ですら呆然とした。
歌、今歌といったのかあいつは? この状況で歌を唄ってどうなるんだ。
俺は俺の知識を総動員させたが、戦いの最中に、歌を唄う奴など聞いたことがない。吟遊詩人が言葉を紡ぐことはあるが、歌だと。
リョカが躍るようにクルクル回り、あちこちに絶気を放つと、当たった箇所から様々な音が鳴り、1つ音楽となっていく。
軽快な音楽が俺の耳に届くと、リョカが口を開き、可愛らしいその声で歌を唄う。
体が勝手に動くような良い速度というか、耳心地のいい音と歌、小気味が良いというか、音楽に合わせて体が動かしやすい。
俺はつい、今血冠魔王と戦っていることを忘れかけた。
しかし、当の魔王はそれを許さないらしい。
「ふざけているのですか!」
当然の言葉だとも思えたが、それをしているのはリョカ=ジブリッドだ。
「このような状況で、このような戦いの場で、あなたは一体何を!」
血冠魔王が自身にアークブリューナクを使用した。しかもそれだけではなく、奴の体に血が集まっていき、体中に纏わりつき、それが武器のような形に変わった。
確かブラッドヴァンのスキルにある血装。硬化した血液を武器に変えるスキルだったはずだが、奴のそれはさらに禍々しい色をしており、現闇で覆っているのがわかる。
そんな血冠魔王がリョカに向かって飛び出した。
「リョカ――あ、なんだ?」
俺は飛び出そうとした。
だが体に、いや精神? もっともっと深い場所にある何かが体をすり抜けていった感覚がして足を止めてしまう。
テッカとアルマリア、ミーシャもそうなのか、首を傾げている。
「もう少し素晴らしい魔王だと思ったのですが、残念ですよリョカ=ジブリッド。あなたはこの場に相応しくない! 死になさい――」
リョカは唄うことを止めない。
しかし血冠魔王の武装した腕が彼女に伸びようとした時、その柔らかそうな腕が魔王の頬を打ち抜いた。
「おごがっ!」
月1つ見えない夜へと飛んだ血冠魔王が落ちてきて、俺たちは顔を引きつらせる。
そして間奏に入ったのか、相変らず音を鳴らし続けているリョカが笑った。
「あ~、あ~、お客様、他のお客様のご迷惑になるような行為は慎んでくださいませ。その先は、保証できかねます。ライブは行儀よく、楽しく見ましょうね」
いつの間に現れたのか、リョカを囲うように立っている毛玉の動物のような、魔物のような、見たこともない姿をした動物らしき生物の、ぬいぐるみっぽい何かがリョカが歌を再開すると同時に、体を大きく揺らし、光る棒らしきものを振りながらリョカを見ていた。
「なんだこりゃあ」
俺が驚きの声を上げていると、ミーシャが呆然としたまま、大教会を解いたのか、ふらふらとリョカの方に歩いて行こうとする。
俺は聖女に近づき、肩を貸す。
「ミーシャどうした」
「あれ、あのえっと、そうクマ。リョカがでふぉるめ? されたから可愛くなったとか言っていた動物なんだけれど、あの先頭の、わかる?」
「わかるっておめぇ、全然わかん……ね、え?」
ミーシャが指差したそのクマなるもの。その先頭にいた、先ほど血冠魔王をぶん殴ったそれなのだが、手が淡い橙色で覆われている。
「邪魔を、するなぁ!」
血冠魔王が怒りをあらわにした表情で再度突っ込んでいくのだが、今度は別のクマ――両手に突然現れた巨大な手甲、それがパチパチと音を鳴らし、金色の炎を吹かしているそれを血冠魔王へと打ち込んだ。
「がぁぁっ!」
そして魔王が吹っ飛んでいった先、どこか目が鋭く見えるクマが両手に持った短剣を構えたまま、姿を消した。いや違う、補足出来ないほどの速さで魔王の背後に回った。
「ありゃあもしや」
「天神・韋駄天か」
アルマリアに肩を貸したテッカが歩んできて、頭を抱えながらも、苦笑いを浮かべた。
「つまり、そういうことか」
「……そんなのありですかぁ」
転移しただろうクマが大槌を使って血冠魔王殴って吹っ飛ばした。
テッカの言う通り、そういうことなのだろう。
しかし、ミーシャは見えているものが違うのか、クツクツと笑っていたかと思うと、大声で笑い声を上げた。
「おいおい、あんだよ?」
「ううん、いいえ――というかあんたたち、すっかりリョカのファンだったのね」
「ふぁん?」
俺も見たことのないような戦いをする者たちやどこか見覚えのあるような戦い方をする者たち、それらを模倣して、クマがリョカを守るようにそこにいた。
「ファンって言うのはね、つまりはあれよ。リョカに夢中になっている人のこと、かしらね」
「……なるほどな」
「それにあのクマたち、リョカを守っているわけじゃないわよ。ただ歌の邪魔されるのが嫌なだけなんじゃない?」
俺もミーシャと同じように声を上げて笑ってしまう。
ここは戦場だぞ。しかも一級の魔王、誰もが恐れた血冠魔王の目の前で、俺は笑い声を止めることが出来なくなっていた。
「あれが魔王の姿かよ」
「リョカらしいでしょ?」
「ああ」
俺は歌を唄い踊っているリョカに向かって手を大きく振った。
「おうリョカ! 可愛いぞ!」
「ありがとー!」
リョカに目を向けていると俺の傷、テッカもアルマリアも、ミーシャの傷も物凄い速さで回復していく。
「こりゃあ」
「二重で回復されているわね。つまりあのクマ、半分はあたしたちってことなのね」
「おっそろしい魔王様だな。こんなスキル、思いついても組み立てられねぇだろ」
ミーシャの言葉通り、あのクマは俺たちの半身だ。現に先ほどから血冠魔王が絶慈を使用しているが、俺たちに来るだろう真っ赤な生物が全部クマに引き寄せられている。
「ふざけるな、ふざけるな! ふざけるなぁ! 私は、私は救いを! 主を! 私は……私は、ただ、戻りたかった、だけなのに。こんな、こんなふざけた幕など――」
確かにふざけている。
俺ならば、こんな奴が敵だったのなら正直泣いて逃げ帰りたいと思うほどだ。
しかし突然、血冠魔王が歯を噛みしめ、自身の指を己の胸に突き立てた。
「認めない、私は認めない! 『血死・八咫栄』」
自身の胸を切り裂いた血冠魔王から大量の血液が噴き出す。
そしてその血は魔王を覆っていき、人間という枠を超え、まるで化け物のような姿へと変えた。
ブラッドヴァンの最終スキル、血を代償に強力な力を得るという物で、このスキルは高い確率で命を対価にするといわれている物で、非常に強力だと聞いたことがある。
俺も子の目で見るのは初めてで、目の前にいた血冠魔王の戦闘圧が濃くなったのがわかる。
わかるのだが。
「おいテッカ、アルマリア、俺たちじゃああの状態になられたら勝てねぇなぁ」
「ああそうだな」
「ですけどぅ」
「何でだろうなぁ、逃げる気も起きねぇ。それどころか、いつまでもこの歌を聞いていたい」
すでに別の歌を唄い始めていたリョカに目を向け、魔王同士の戦いを、ただただ見守る。
怪物と化した血冠魔王が自身に絶慈を使用しながら、そのままリョカへと突っ込んでいく。
あの絶慈にはリョカの血液が使われているのだろう。
「これで――」
「みんなぁ! 今日は来てくれてありがとー! 今日は本当に楽しかったよー! でもでも、きっともっともっと、楽しくなるよね! あ~でも、そろそろ今日はお開きみたい。みんなと歌えて踊れて、本当に嬉しかった――最後は、やっぱり派手に花火かな」
片目を閉じてそう言い放ったリョカは本当に輝いているように見えた。
勇者でもない、聖女でもない、しかし確かに誰かの力になっているその姿に、俺は肩を竦ませる。
希望でもない、救いでもない。
長年勇者をやって来ているが、俺はこんな眩しい光景は見たことがない。
まさに、まさに――。
「それじゃあ打ち上げじゅんびー!」
クマたちが一斉に血冠魔王に飛びつき、俺みたいなクマとミーシャみたいなクマが下から魔王を打ち上げた。
「が、が、うがががぁがぁっ!」
高く、高く上がっていく絶望を振り撒く世界の敵を、俺たちはただ見ていた。
「それじゃあみんな、また会おうねぇ!」
指を空へ向かって弾いたリョカ。
夜が明ける。
闇が晴れ、白んできた空に浮かぶ最凶の魔王。
だが、随分と可愛らしいものたちに囲まれているその姿は、恐怖も何もなかった。
「私は、私は――」
「フィナーレ!」
リョカの鳴らした指が、福音となって魔王まで届いた刹那、クマたちが弾けた。
巨大な爆発を起こしたクマたちは、鮮やかな色とりどりの光となって地に向かって落ちていったり、あちこちに飛んでいったり――俺たちのもとに光が戻ってきたり。
その光は、まるで花のように空で咲き誇り、それはまさに、絶景と呼ぶにふさわしいものだった。




