聖女ちゃんと普通の家庭
「ただいま」
「ただいまです」
「おうおかえり――」
出迎えてくれたアヤメの頭を撫で、あたしとルナは手洗いうがいと帰宅後の習慣を終わらせるのだけれど、ふとリビングに戻るとそこと一緒になっているキッチンでリョカが料理を作っており、あたしは首を傾げる。
「なにか随分と悩んでいるわね」
「……ああうん、さっきまでのお前たちの行動でな」
「ミルドのことですか?」
「そうよ、お前たちが余計なことを起こしてくれたから、そこの魔王はず~っと考えこんじゃってるのよ」
「……メルフォースの気配があるわね」
「ここにも出たんですか?」
「あ? お前らのところにも現れたのか?」
「はい、神核ではなく体でですけれど、言うだけ言って去っていきました。多分好感度稼ぎをしています」
「好感度って……あ~、そういうことか。うんなまどろっこしいことしなくてもこっちにくりゃいいのに――って待て、体できたのか? あいつ今手が離せないとか言っていたわよ」
「無理して来たみたいですよ」
「本当にあいつは……ミルドのことも意味深に言いやがってさぁ」
女神にとってメルフォースは中々に厄介なのだろう。
とはいえあたし自身あの子に対して悪感情は持っていない。むしろ好ましい。どういう理由なのか判断出来ていないけれど、悪いようにはされないはずだ。
あたしは息を吐くと、キッチンにいるリョカに多少の圧を伸ばす。
「んぇ?」
「ただいま」
「っと、ミーシャとルナちゃんおかえり――」
「――?」
顔を上げたリョカだったけれど、あたしに目をやった途端、声を詰まらせた。
何事かと首を傾げるとリョカが早足であたしの傍にやってきて――。
「ミーシャミーシャっ超かわいい! さっきはあんまり見えてなかったけれどどうしたの! え~うそぉ、こんなかわいいことある?」
リョカがあたしの頬を掴んで揉んできており、あたしは呆れ顔で受け入れているのだけれど、どうにもすぐに離そうという気配がない。
するとルナがあたしの隣で大きく胸を張り、どや顔を浮かべた。
「わたくしが選びましたっ」
「びゃぁぁっ! ルナちゃん可愛い! 最高だよ! え~おそろコーデじゃんいいなぁ。ミーシャ僕ともおそろにしようよ~」
「はいはい、今度ね」
「アヤメは今度わたくしとしましょうね」
「え、フリフリ着るの? ヤダ」
「似合う服を作っておきますね! え~ミーシャマジかぁ。やっぱりミーシャは女の子らしい格好も似あうんだよ。ガーリーファッションもっとこっちで流行らせようかなぁ」
「俺はあっちにいる時ずっとカレーの亜種だと思っていたわ。ファッション用語多すぎなのよ」
「アヤメちゃんあっちでどんな格好してたの!」
「ジャージ」
「うっそやろお前! ハナちゃんだよね? あんな素材が良いのにジャージって」
「お前らの言うパンクも着てたわよ。あれは楽だったわ」
よくわからない言葉が飛び出し始めたから、あたしはルナの手を引き、お風呂へと向かおうとする。
「あーお風呂? アヤメちゃんは先に入れたからルナちゃんをお願いね」
「はいはい――ほらルナ、行くわよ」
「はいっ、ミーシャさんとお風呂久々です」
「あんたは大抵リョカと入っているものね」
「アヤメと2人で寄り道ばっかりするから時間が合わないだけですよ?」
くりくり眼で見上げてくるルナを抱き上げ、あたしはパジャマを用意してお風呂へと向かう。
ルナの服を脱がし、一緒に浴室に入るとあたしはルナを座らせ、シャワーをかける。
アヤメと違いぬるめのお湯が好きなルナは、お湯が体にかかると気持ちよさそうに息を吐いており、大人しくされるがままになっている。
あたしはシャンプーを泡立てるとルナの頭を洗い始める。
この子の髪はつやつやとしておりほんのりと輝いている。指どおりもよく、長い髪とはいえ、この感触はずっと触っていたくなるほどで洗っていても苦にならない。
「んぇぇ~」
だらけ切った声を出すルナにあたしの口元も緩むけれど、こうまで髪が綺麗だと少し気を遣う。
リョカも毎回丁寧に洗っているみたいで、そのことを聞いていたからあたしもしっかりと洗髪する。
髪を洗い終えると次は体なのだけれど、ルナはアヤメと違ってくすぐったそうにはしないのだけれど、度々振り返ってきてこちらを見つめてくる。
子ども特有の――というと変な話だが、子どものように真っすぐと見つめる眼をあたしも見返すと、この子は嬉しそうに笑みを浮かべ、再度正面を向くのだ。
そうして体を洗い終えるとルナは髪をまとめて湯舟につかり、あたしは自分の髪と体を洗い、あたしも湯船につかるのだけれど、アヤメは膝の上に乗ってきてあたしと同じように正面を向くのだけれど、ルナは絶対に向き合って抱き合う形になるため、常に引っ付いてくる。
「あんたは人肌の体温が好きよね?」
「はいっ温もりチャージです」
「そう」
向き合うルナを軽く抱きしめ、背中をポンポンと叩きながらもう片方の手でこの子の頬を指でくりくりと弄る。
「あぅあぅ」
「聖都ではシャワーだけだったものね」
「やっぱりお風呂が良いですよ」
引っ付いてくるルナをあやしながら、あたしはお湯の心地よさに息を吐き出す。
ここ最近は色々起きたし、みんなの言うようにあたしも気を揉んでいたのだろう。
「さて、そろそろ出ましょうか」
「はいっ」
浴室から出てルナの体にタオルを当てて水を取っていき、髪の水分もわりかし絞って服を着させてからあたしも体を拭き、パジャマを着て洗面所から出ていき、リョカたちのいるダイニングへと脚を進ませる。
「あっミーシャ、ルナちゃんの髪お願いね」
「はいはい――ルナこっち」
髪用のオイルを座らせたルナの髪に馴染ませ、櫛で整えながらドライヤーをかけていく。
ルナは髪を手入れされている時間が好きなようで、最高神とは思えない緩み切った顔をしてされるがままになっている。
まあアヤメと違って大人しく座っていてくれる分楽ではあるけれど、テルネには見せられない姿ね。
「それじゃあご飯並べちゃうね」
「――あやめ~、リョカさんのお手伝いしてくださいね~」
「え、ヤダ――」
ソファーに寝っ転がってだらだらしている獣に呆れた顔を向けると、ばつの悪そうに頭を掻き、リョカの傍にとぼとぼと歩いて行って、夕食を並べ始めた。
「アヤメちゃんありがとうね。助かってます」
「う~い――今日はハヤシね、お肉多めで大変結構」
今日の夕食はハヤシライスらしい。
アヤメのそれには肉が多めに入れられており、ルナのお皿にはオムレツがトッピングされている。
他にもサラダとスープその他付け合わせで、相変わらず食事には手を抜かない幼馴染にあたしは鼻を鳴らす。
ルナの髪の手入れも終わり、あたしも食卓に着くのだけれど、アヤメが我慢できないのかハヤシライスだけをじっと見つめていた。
「それじゃあ食べちゃおっか――いただきま~す」
あたしたちも揃っていただきますをすると、リョカがあたしに目を向けていた。
「なに?」
「うんにゃ――そろそろこっちも完成してきてるんだけどさ。ちょっと調整が必要だからミーシャ明日付き合ってくれない?」
「良いけど、あたしあんたが何しているのか知らないわよ」
「きっと気に入るよ。まあ戦闘技術云々はそのままだけれど、力とかその他信仰はなくなっちゃうけれど、やり方次第では暴れられるから、ミーシャも楽しんでよ」
「ん――」
信仰とか使えない。つまり今のあたしをリセットして戦えるということだろうか? それはそれで中々――いったい何をどうしているのかは知らないけれど、リョカの考えることだ、そこは信頼していいだろう。
「それに付き合えばいいのね」
「うん、最終調整だから――もう中身は大体できてるし、後は時間が進めば……あっそうだ、あとグエングリッターでやったようにまたフィムちゃん超強化してほしいんだけれど、それもいける?」
「はいはいわかったわよ」
「あと細かい調整はこっちでやるとして、それを定着させるようにヴィヴィラ様の協力も必要だな。ジンギくんも呼ぶか。あとは――」
「リョカ、食事中」
「おっとごめんごめん」
懐っこく笑うリョカに呆れつつ、あたしも食事を始める。
暴れられるというのなら暴れてあげましょう。あたしのやることなんて今も昔も変わらない。
それがどこであれ、誰とであれ、そこだけは胸を張って拳を握れる。
あたしは諸々を飲み込み、やっと戻ってこれたこの家に笑みをこぼすのだった。




