聖女ちゃんと星とその終わり
あたしとルナは寮のあるプリムティスへと脚を進めているのだけれど、ふとゼプテンで見知った気配と、話をつける相手がいたために、あたしはルナに断わりを入れ、ゼプテン――かの血冠魔王が住まう住居へと歩みを進めた。
「こんにちはぁ~」
ルナの爛漫な声と一緒にあたしは家屋の扉を叩くのだけれど、中にはいないらしく、あたしは首を回して気配の方向に目をやる。
この家も懐かしい。あたしとリョカがゼプテンで冒険者をするにあたっておじさんの伝で購入した家だ。
今ではウェンチェスター親子と最近ではずっとラムダが住んでいるらしく、家の裏手には立派な畑が出来ている。
その畑に脚を進めると、そこには麦わら帽をかぶり、普段着ている黒のズボンとTシャツ一枚というラフな格好をしているロイ=ウェンチェスターがいた。
ああ、これは――。
「ランファとマルエッダは一撃ね」
「……ですね。普段シャンとしている男性のラフな格好は、こう、くるものがありますね」
畑仕事に汗を流し、作物を見る目は何よりも煌めいていた。
意外と引き締まった体に背も高く、顔も一般よりは優れている。さらに人柄もよく、茶目っ気もある。
彼の奥さんが嫉妬したというのもうなずける。
「だぁぁ! なぜ我が畑仕事に精を出さねばならん!」
「ここに居候させてもらっている身で文句とは中々図々しいですね」
「ぐぅっ、ソフィアの元よりはマシだと思ったら……」
「いやぁ実際マシでしょ。ソフィアちゃんの君を見る目、完全に実験動物に向けるそれだよ」
「……はい」
涙などは見えないが、目的の人物が力なく作物に水をやっていた。
「おや、ミーシャさんルナ様、こんにちは。こんな格好で申し訳ないです」
「いいえ、ちょっと寄っただよ。変わりはない?」
「ええ、見ての通り、平穏そのものです」
「ん――? なんだケダモノか。ちょうどいい、俺は今ここからあそこ~~~~までそこの極悪魔王に作物の世話をしろといいつけられている。暇なら手伝え」
「――」
あたしは肩を竦ませると、ちょいちょいと手をこまねき、今では見る影もないその魔王――魂壊の魔王・ミルド=エルバーズを呼びつける。
首を傾げるミルドがあたしの意図を理解しきれないまま近寄ってきた。
ああやはり、この魔王は――。
「153連――」
「え――ってっ! 『集いし星の魂の極光・終わりを迎える星』」
空間が歪み、星の終わりを告げる力の奔流――リョカは中性子星と話していたか。
とんでもない火力だ。
知ったこっちゃないが――。
「獣王!」
星の終わりごと食らいつくすようにあたしの獣は星そのものを飲み込み、終わりも始まりも諸々胃袋へと押し込む。
掻き消えた星の終わりを横目に、あたしは拳をミルドの正面から逸らした個所で寸止めする。
衝撃は彼を超えてゼプテンの町を襲い、いくつかの家屋をぶっ飛ばした後に静寂が下りる。
「……」
「い、一体なんの――」
「あんた、リョカと同じで戦う魔王じゃないわね。目的も願いも、およそ人に害をなすものじゃない。あんなことがなかったらまた違った評価だったかもしれないわね」
「……」
「あたしの諸々は、今の一発でこみよ。あんたも1つずつ清算していきなさい。許される許されないにかかわらず、あんたはそれを背負いなさい」
あたしはため息を吐くと、首を傾げているルナを抱き上げ、涼しい顔をして畑を弄っているロイと苦笑いのラムダに近づいた。
「……リョカちゃんから何か聞いた?」
「なにも。ただそう思っただけよ」
「……ほんっとうに恐ろしい聖女様だね」
ラムダを一撫でし、ルナを下ろすとあたしも膝を曲げてしゃがんでロイに並び、作物に目をやる。
「立派に育っているじゃない」
「ええ、ここは土が良いのです。それよりもミーシャさん、普段も素敵ですが今日はより一層素敵ですね」
「ええ、ありがとう。ルナが選んでくれたのよ」
ルナが自慢げに胸を張るのを横目に、腕を前に伸ばして伸びをする。
「もう、前は向けますか?」
「ええ、少し心配をかけたわね。あたしもルナもまだまだね。メルフォースにも叱られたわ」
「え? メルいたの」
「はい、さっきわたくしたちの前に姿を現して、言うだけ言って帰っていきました」
「そっかそっか」
そう言ってラムダがルナを抱きしめ、頭を撫で始めた。
すると呆然としていたミルドが隣にやってきて、辛気臭いため息をついた。
「……おいケダモノ、お前グエングリッターに行ったらどうだ? お前ほどの聖女ならフィーの力になれるだろう」
「自分でやりなさい。ああそれと――」
あたしはルナに手を向けると、この子はすぐにバスケットとは別に持っていたポーチェから氷漬けにされた虫を取り出した。
「あんた、これを研究するんでしょ。ついでに持ってきてやったわ」
「……これがあの虫――くははははっ! 良いだろう、この魂壊の魔王・ミルド=エルバーズがこのバカげた理不尽を調査してやる、光栄に思えよ」
「一応ソフィアにも――」
「断る! 調査しながら体を弄られるなんてまっぴらごめんだ! ソフィア以外でお願いします!」
どれだけのトラウマを植え付けられているのやら――あたしは呆れるのだけれど、こればかりは1人で研究させるわけにもいかない。
リョカもそう話していたし、研究のための施設も作ると話していた。あたしもそれには同意だ。
けどこういうことにロイを巻き込みたくはない。きっと一所懸命にやってしまうし、彼は今、エレのこととか、生活のこともあるし、面倒はかけさせたくはない。
どうしたものかと悩んでいると、ミルドが胸を張る。
「ふんっ、この程度俺1人で十分だ。魂関与であるのならそこの月神すら凌駕してみせよう」
「……出来るって言うのなら別に止めはしないけれどね。リョカとロイ、それにアンデルセンが毎日顔を見に来ると思うわよ」
「それは些か鬱陶しいな」
「でしょ。だから――」
誰かを助手に――そう話そうとした瞬間、香ってくる星の気配。
「それ、私がお手伝いしますよ」
「フィム」
「フィー……」
星神のフィリアムが突然現れ、あたしとルナ、ロイとラムダににこりと笑みを浮かべた。
けれどその気配は触れれば弾ける稲妻のようで、一定距離に入り込ませないような空気感があった。
「あ~……フィム、わざわざ君が出てこなくても、あたしたちも協力できるよ」
「そうです、こういうことはわたくしたちに――」
「ルナ姉様、ラムダ姉様、大丈夫です」
にこりと告げるはっきりとした拒絶。
あたしは肩を竦め、ルナとラムダの腕を引き下がらせる。
「いいのね?」
「――はい」
「そう」
フィムが一度大きく息を吸うと、体を回しミルドと向き合う。
睨みつける星神だったけれど、その魂壊は顔を伏せ、握りこぶしを作っている。
しかしすぐに顔を上げ、どこか引きつった顔で腰を落とし、フィリアムと視線を交わせて口を開いた。
「――ふはははっはっ! 星神よ、どういうつもりか知らんが、俺を傍に置くということは、以前のように貴様を――」
「――」
パンっと乾いたような音。
フィムがミルドの頬に手を張った。
「それ、止めてください。もう、そうやってぶる段階は過ぎました」
「――だからやってる」
「……」
ミルドの答えに、フィムは一度表情を歪め、その魂壊の胸に頭を預けた。
「……なにをやっているのですか、ほんと、いつも、ずっと……もう、もう、私とは、おしゃべりも、してくれないのぅ?」
「……」
何かあるのだろう。星神と魂壊の間にはあたしたちでは測りきれない何かがあるのだろう。
けれどそれを暴くほど野暮ではないし、あの2人のことは2人に任せたほうが良いだろう。
フィムが鼻を鳴らし泣きそうになりながら、ミルドの胸を叩く。
「ばーか、ばあかっ、ばあっか!」
子どものような言葉。それに対してミルドは――。
「はっ? お前の方がバカだろばぁか! いつもいつも俺を馬鹿と言うが、お前ほど頭の悪い女神はみたことないし、カナデの方が頭の出来はマシだぞ」
ロイが頭を抱えた。
「うるさいば~か!」
「お前またしても――このちんちくりん! ぺったんこ――」
先ほどとは段違いの破裂音が鳴り、あたしはフィムに目をやるのだけれど、素晴らしき殺気を纏った星神が、両手で頬――というより顎に2連続で掌底をぶつけており、崩れ落ちるようにしてミルドが地面に倒れ込んだ。
「……ミーシャお姉さま、ルナ姉様、ラムダ姉様、この無礼者は私が責任をもって管理しますね」
「ああ、うん……フィム、フィリアムさん? ほどほどにね?」
「フィム、そういうことを言う人にはもっときついのをお見舞いするといいですよ。リョカさんに頼んで痛いものを用意させましょうね」
「はいっ、お願いします」
そう言ってフィムはミルドを引きずり、この場から去っていく。
あたしは彼女の背中を見送り、深くため息をつくのだった。




