聖女ちゃんと凍える華
「――落ち着いた?」
「……」
ポロポロと泣き出したルナがあたしの膝の上で体勢を変えて、向かい合って顔を胸に押し付けて泣き始めてから暫く――泣き止むのを待っていると、この子はやっとあたしの胸から顔を離し、鼻を鳴らしながら赤くなった目をこすりながら見上げてきた。
「……わたくし、呆れられてないです?」
「ないわよ」
「こんな大泣きする女神ですけど?」
「別に良いじゃない。たくさん悲しんで、たくさん悔しがって、たくさん後悔して――あんたはそれでいいのよ。それで泣いたのならまたこうして抱っこしてあげるわよ。リョカでもアヤメでも、ね」
「あぅ」
「あんたは間違いを間違いだと言える子よ、昔のことをあたしは知らないけれどね、今のあんたはもう手を差し出せるでしょう?」
「……出来る。でしょうか?」
「やらなきゃならないって、わかっているでしょう? あとはその一歩に闘争を、地を鳴らす踵に覚悟を――でしょ?」
ルナが大げさに何度も深呼吸を繰り返し、力のない笑顔だけれど、二へと表情を崩し、あたしにやっとその瞳の奥を向けてくれた。
「う~……本当は、少しはミーシャさんの気がまぎれればなぁって思っていたのですよ?」
「そう、あんたの顔を見ていたら気もまぎれたわ。ありがとう」
「むぅ」
ぷくぷくと膨れるルナの頬を撫でていると、ふと知らない気配――悪意はないし、知らないはずなのに、見知った気配。
あたしはルナを背中に隠してその気配を待つのだけれど、周囲の気温が下がり、肌寒さを覚える。
「これは――」
「こんにちは。突然現れてごめんなさい」
「メル」
メル――終末神メルフォース、魔王を選定する女神、そしてこの間のシラヌイの騒動でカナデに手を貸してくれた女神。
あたしは彼女をじっと見る。
どこかの誰かたちみたいな長い白銀の髪は地面にまで届き大地に引きずっており、それでも輝きの失せないその髪と、向けられる笑顔はやはり見知ったもので……。
大人らしい声とは裏腹に、儚げな存在感と向けられる気配には圧倒的強者の圧。それが同居し、明らかにこれまでの女神とは在り方が異なっている。
けれど格好は簡素なもので、白い生地のワンピースだけ。
見た目だけで言うのならなんとも頼りない。
そんなメルフォースがそっとあたしに近づいてきて、背中にいるルナに手を伸ばし、月神の額に指を弾いた。
「あいたっ」
「あいた。ではありません。まったく、他の子たちもそうですが、少し甘えすぎです」
「あぅ」
「リョカとミーシャがあなたたちの側に立ってくれているから良いものの、本来であるのならあなたたち――私たちの手は人々を引っ張るためにあるのです。抱きしめてもらうための手ではありません」
「……」
ぷくぷくと膨れるルナに、あたしは助け舟を出そうとするのだけれど、メルフォースが首を横に振ってあたしに牽制をかけてきた。
そんなメルフォースが肩を竦めると、自身の手を叩き視線を集めた。
「さて、女神としてのお話はおしまい――ほらルナ、ミーシャばかりではなく、私にも顔をよく見せてくれると嬉しいのですけれど?」
「――」
ルナが膝を動かして膝立ちのままあたしの背中から離れ、おずおずとした様子でメルフォースに引っ付く。
「はい、よくできました。相変わらず甘え方が下手な子ね、そんな感じだからアヤメをつけて少しは融通の利く子にしようと思ったのだけれど、アヤメがダメな子過ぎて逆効果だったようですね」
こんなところでも株を下げるあの獣。
しかしこのメルフォースという女神、どうにも馴れ馴れしいというか、あたしに対してものすごく好意的だ。
どこかで会ったことがあったのかと首を傾げていると、その終末神があたしの頭にも手を伸ばしてきた。
「お疲れさまでした。大変だったわね、でもあなたはいつも頑張りすぎるから、この機会に少しゆっくりしましょう」
「……あたし、あんたと会ったことないけれど?」
「覚えていないだけです。あなたもリョカも、あなたたちが赤ん坊の時にこの腕に抱いたことがありますから」
そんな昔に女神との邂逅があったのかと驚いていると、リョカがらみかととりあえず納得する。
メルフォースがクスクスと上品に声を漏らした。
「あの時はランファも抱きましたね、あなたたち3人、基本的に一緒にいたから」
「学園に来て初めて知ったけれどね」
「それはリョカと……あとあの子が悪いわね。まったくあそこまで言葉足らずに育つとは私も思っていませんでした」
首を傾げるあたしに、苦笑いのルナ、そして呆れたようなメルフォース。
そしてメルフォースがあたしとルナの間に割って入ってきて、あたしとルナの頭を引っ張って倒し、膝の上に寝かされる。
氷の女神というだけあってひんやりとして気持ちがいい。
「大聖女――ミリア=アルトハート、大海神――アンディルース。ルナとミーシャ、あなたたちが悪いのではありません。あの子たちには、あの子たちの見ていたものがあった、それがどのような影響下で出された答えであったとしても、あの子たちはそれを飲み込んだ。ミーシャ、あれもあの子たちなりの闘争だったのです」
「ミリアなりの?」
「ええ、あの子たちは拳で戦うことを知らなかったのです。不貞腐れて、拒絶して、あの子たちの戦い方なのです」
「……それは、不健全では?」
「不健全上等です――ありがとうミーシャ、アンディルースとミリアは、あなたのおかげでこれが闘争であると気が付けたでしょう」
「そう、かしら?」
「ええ、内々に、深海の奥底で、いくら叫んでも誰にも届かないでしょう? あなたのおかげで、あの子たちは声を届ける方法を知った。それがどれだけみっともなく見えても、ルナの言う不健全に見えても、それが今のあの子たちの戦い方です」
戦い方――メルフォースに言われて、どこか腑に落ちた。
あたしはあの子に戦争を仕掛けた。だから嗤えと、拳を振るえと声を上げた。
でもそれをしなかった、出来なかった。それはあの子が、あの子の持つ闘争が、あたしとは異なる形だっただけの話。
あたしは深くため息を吐く。
「ええ、こちらこそありがとう。少し落ち着けたわ」
「それは僥倖――自分を責めるなんてらしくないこと、あなたには必要ないですよ」
あたしを撫でる手はどこまでも優しく、なるほどどうして――女神最強とうたわれるだけはあるとその手を受け入れる。
しかしそんなメルフォースをルナがジッと見上げており、どうしたのかと月神に意識をやる。
「あなた今どこにいるのですか?」
「ここにいますよ」
「そうではなく、いつも顔も出さないで、突然現れて」
「ああ、ちょっと面倒なことになっているので、その対処をしているだけですよ。普段は神核をこちらによこすだけなのですが、あなたたちがあまりにも沈んでいたのでこうして出てきてしまいました」
「面倒って――」
「気にしなくてもいい、私1人で対処可能です。それよりもルナはルナでやることがあるでしょう」
「むぅ」
「そんな可愛い顔しないの。あなたは今、せっかくこうやって一緒にいてくれる人がいるのですから、これまでの全てを清算しなさい。それが出来る人たち、変化が今のあなたにはあるでしょう」
「それは――」
「ルナ、今は最高神だとか、女神だとか、そんなことを考えなくてもいい。それこそそのわだかまりを残したままでは、あなたの言う健全とは程遠い状態で女神の職務を果たすことになりますよ」
「……」
「どっちも完ぺきにやろうとしない。1つずつ完ぺきにやりなさい。あなたそんなに器用じゃないんだから、1つを終わらせてから次に行きなさい」
「……お説教?」
「されたいですか?」
首をブンブン横に振るルナに、あたしもメルフォースも小さく笑う。
「ミーシャ、この子たちがまだまだ迷惑をかけるだろうけれど、良かったら傍にいてあげて」
「ええ、結構楽しいもの」
「それが聞けて安心しました――あああと、リョカのこともこれからもお願いね。でも無理はしないようにね。リョカもあなたも、私にとっては――」
「――? 私にとって?」
「……いいえ、今は些末なことです。時が来たらきっと伝えますよ」
「わざわざ先延ばしにしなくてもいいのでは?」
「……」
メルフォースがどこか照れたような、拗ねているような、唇を尖らせてそっぽを向き、それを見たルナがニヤケ顔を浮かべた。
「今までほったらかしていたから、こうやって少しずつ好感度を稼いでいるわけで――いった~いっ」
「余計なことを言わない。さて、それでは私はそろそろ帰ります――ルナ、ミーシャ、くれぐれも無理はないように。ね?」
あたしとルナは頷き、多少の名残惜しさを残しながらメルフォースの膝から頭を上げた。
何とも不思議な女神だ。でも、悪くないと思えるのはお赤ん坊のころに抱かれていたからだろうか。
メルフォースは小さく手を振り姿を消した。
「……本当、なんだかんだ一番の年長者ですね」
「ルナも頼りにしているのね」
「はい、ラムダとはまた違った安心感があります」
ここで名前を出されないアヤメとクオンについて言及するべきか悩んでいると、ルナにそっと手を握られた。
「それじゃあそろそろ帰りましょうか」
「そうね、おかげでいい気分転換になったわ。ありがとうルナ」
「はいっ」
あたしたちは帰る支度をし、手を繋いで帰路に着くのだった。




