聖女ちゃんと月の後悔
「いい天気ですね、ランドが唯一やっている仕事ですが、今日も見事なものです。他にも仕事はあるのですけれどね」
額に浮かんだ青筋が隠しきれていない月神の頭を撫で、あたしもルナを倣って空を見上げて陽の光を指の隙間から覗く。
ルナにピクニックの提案をされ、あたしとルナは寮から出てゼプテンまでの道のりをのんびりと歩いていた。
「太陽神、確か引きこもりなんだっけ?」
「はい、お外出たくない系女神です。特に何かがあったとか、外が嫌いだとかではないのですけれど、あの子は今、ジメッとしていてひんやりした場所にいて、ここがランの楽園。とかわけのわからないことを言って蓋をして引きこもったのですよ」
「太陽にあるまじき発言と趣味趣向ね」
「太陽という性質上、体温が高いらしく、涼しい場所を好むのですよ」
ヒナとヴィヴィラとはまた違った趣のある女神だ。
とはいえ女神である以上もう少し何とかしてほしいところだ。この女神のせいで上位勇者である金色炎が信仰という力に関しては中途半端になっている。
信仰の力があまり借りられなくてあれだけの実力であることは驚愕に値するけれど、やはり与えられている素質はすべて出し切ってほしいとも思う。
「以前は見送りましたが、ランドに関してはこれ以上女神を遊ばせておくわけにもいかないので、ミーシャさんの手を借りるかもしれませんが、お願いしてもいいでしょうか?」
「任せなさい。一発ぶん殴ってやるわ」
「お願いしますねっ」
随分と好戦的になった月神が何とも頼もしく見えるけれど、そんなルナが女神の時間は終わりとでも言うように可憐な笑顔を振りまき始めた。
「お散歩のときに見つけたんですよ、わたくしのとっておきです」
ゼプテンの傍にある森をある程度進むと、開けた場所にたどり着き、そこには小さな丘とその丘には誰が植えたのか大きな木があり、葉から木漏れ日が漏れ、そよそよと草花を揺らす程度には風が吹いていた。
「すっごいらしい場所で、作為的な何かを感じてしまい、浪漫がほんのりと顔を出しているところも素敵です」
「あんた、最近は思考にやんちゃさが混じってきたわね」
するとルナが一度苦笑いを浮かべると肩を竦め、どこか遠くに目をやった。
無理をしているわけではないと思うけれど、この変化はきっと受け入れるべきだろう。
「……ミーシャさんは、ラムダから色々聞いたのですよね」
「ええ、だから一発殴った」
「痛かったですよ?」
むう顔で小丘で敷物を敷き、そこに座るルナがバスケットからお茶の準備をし始めながらあたしを半目で睨んできた。
あんな話を聞いた以上、一度はしかるべきだ。だから拳で語った。
「……だからですかね。ミーシャさんに頭を引っぱたかれて、ああ、やっぱりあの頃のわたくしは悪い子だったんだって。誰かのせいにするつもりはありませんけれど、誰もそんなことを言ってくれなくて――いえ、わたくしが聞こうともしなくて」
どこか自嘲気味に笑うルナをあたしは抱き上げて膝に乗せる。
この話は聞かなければならない。だけれど――。
あたしはそっとルナの信仰、加護を固め、それを握る。
余計な奴らが余計な話を聞いている。リョカみたいに器用なことは出来ないけれど、こうして握っている内なら他の奴に干渉されることもないだろう。
「だから、わたくしは変わろうと思ったのです。誰も話してくれない。ではなく、誰かが聞いてくれるわたくしを。誰の話も聞かない。ではなく、わたくしに聞いてもらいたい誰かに手を。リョカさんとミーシャさんのおかげです」
「そう」
「でも中々上手くいかないのです。アンの話を聞いていたつもりなのですが、結局さらに追い詰めただけだった気もします。ままならないものですね」
「アンディルース、結局虫を捕まえた後、何の話もしなかったの?」
「……いえ、少しだけ――アンは大海の女神です、その性質上母性が強く発現するらしいのですが、あの子の元の性格は意地っ張りで皮肉屋、しかも素直じゃないときています。けれど本当は優しい子なんですよ。そんなあの子はこれまでの数々の女神のやらかしに心を痛めていた、女神が、人が傷つくのを良しとしなかった。特にわたくしですね、でもわたくしはあの子を求めなかった。だってあの子はわたくしにとって、隣を歩く子でしたから、弱みなんて見せたくなかった」
ルナがお茶を淹れたカップを両手で持ち、控えめに口に運んでゆっくりとした動作で唇を濡らす。
近すぎたからこそ、この子は伸ばされた手を取ることが出来なかった。きっとアリシアの件から今までで変わる機会はあったのだろう。でもそれが出来なかった、根本にある排他的な完ぺき主義をこの月神は捨てることが出来なかった。
「だからそのアンに、やっぱりあたしは必要なかった。なんて言われてしまい、正直誤ったんだ。と、泣きそうになりました」
「……」
「馬鹿ですよね。リョカさんに、ミーシャさんに頼る前に、わたくしはもっと身近に頼れる相手がいたというのに、けれどわたくしはそれに見向きもしないで、今は素敵なわたくしになれた。なんて言い回っているのですよ」
ルナを抱っこしている手に温かい雫が落ちてきた。
そっと胸に収まっている妹に目をやると、笑顔を浮かべたまま瞳から涙がこぼれており、口を震わせていた。
「最高神なんて名乗って、誤って、悪い子になって、それでも手を差し伸べられて、無視して、責務を果たそうとがむしゃらになって、問題ばかり起きて、自分勝手に救われたいなんて願って、巻き込んで、甘えて甘えて――本当に、馬鹿で、間抜けで、至らない」
あたしはなにも声も出さずに話を聞き、今にも崩れてしまいそうなルナを抱きしめ、空いた手の指で彼女の涙を掬う。
後悔している、取り返しのつかない時間をいつまでも心に刻んでいる。
あたしはただ、月神――否、そんな役割もかなぐり捨てた妹が泣き止むのをじっと待つのであった。




