聖女ちゃんと一息ついてただいま
「……」
あたしたちは迎えに来たテッカが乗っていたリア・ファルに乗り込み、言葉もなく聖都を後にしたのだけれど、座席の肘置きに手を置いて頬杖をついていた風切りがあたしの顔を見てニヤついていた。
「……あによ」
「いやなに、珍しいこともあるものだと思ってな」
どうにもテッカの浮かべる微笑みというか、生ぬるい同情というか、所謂大人らしい顔つきというか、そんな顔を向けてくるこの男が癪で、頬に空気がたまるのがわかる。
「セルネ、いい啖呵だったぞ。魔狩りの勇者、ワイズ=スピアード、あいつは変わらんな」
「顔見知りだったんですか?」
「ああ。ガイルもな、あの男に勧誘されたことがあった。我々の下にいれば何もかもが得られるとな」
「ガイルさん、なんて断ったんです?」
するとテッカが可笑しそうに笑い、外に目をやると聖都の方角を見て、その頃を思い出すようにして口を開いた。
「いや、あいつは断ったつもりはないだろう。ただ、毎日この数の勇者を相手に出来るのはいいな、よし付き合ってやる。とな」
「そりゃあガイルさんが欲しいのってそれだもんなぁ」
「その提案は断られ、ガイルはぶー垂れたぞ。なんでも得られねえじゃねえかっとな」
相も変わらず、今も過去も、あの勇者は単純だ。
でもどういうわけかこの場の空気も、あたしの心も、なんとなく軽くなる。
小さく笑みを浮かべたからか、テッカが再度あたしに微笑みを向けてくる。
「ミーシャ、どちらが正しかろうがな、そういうこともある」
「……あんたたちにもあったの?」
「そりゃあな。俺たちは勇者一行だが、いつでも受け入れられるわけではない。デカい魔物を倒しても、やれ家が壊れた、家族が怪我をした、どうしてもっと早く来なかったんだ。などなど、戦い終えた俺たちに罵倒なんて日常茶飯事だぞ」
「……」
「あ~うん、それはちょっと覚えがあります」
「なんだセルネ、大抵の勇者はそれで躓くぞ。それに覚えがあるとは、お前なんかやったか?」
「いや~その、まだリョカと敵対してた時、街でひったくりを追いかけてたんですけれど、往来の多い時間帯で、あっちこっちめちゃくちゃにしてですね、リョカに叱られまして。勇者の気持ちを誰かにちゃんと知ってもらい、誰かの気持ちをちゃんと知っておくべきだと」
「あいつにしては良いことを言うな。まあつまりそう言うことだ、お前はお前の気持ちを伝えたが、あの大聖女様を理解しきれていなかったのだろう。ならそんなものだ」
「そんなもの、かしら?」
「そんなものだろう。まあもっとも、俺はあの対応で間違ってはいないと思うがな。結果はどうあれ、あの大聖女様はお前を知れた、ケダモノを直に触れた。あとは彼女次第だろう。俺は最善だったと思うぞ」
「……」
すると席を立ったテッカがあたしの頭に手を置いた。
いつもは引っ叩かれるだけだったから珍しい対応だ。
「お前もリョカも、基本的には愛され系だからな。お前、真正面から嫌いと言われ、堪えているんだろう?」
「……」
図星。だと思う。
確かにそんなことを正面から言われたことはない。
なるほど、あたしは傷ついているのか。
と、自己分析しているとセルネがどういうわけか笑いをこらえていた。
「ウソでしょミーシャ、そんな女児みたいなか弱さまだ残ってたの――いったぁ!」
「いい度胸ねセルネ、あたしまだヒナリアの加護が扱いきれてないから的が欲しかったのよ。クレイン……はヒナの信者だから今回は許してあげるとして、オルタ、マナ、付き合いなさい」
「何故でござるか!」
「……店長と同じ圧を感じるよぅ」
おばさんに鍛えてもらった期間を思い出しているのか、体を震わせたオルタとマナを横目に、安堵の息を吐くクレインが膝に乗るヒナを撫でていた。
「旦那様良かったですね~」
「うん、命拾いしました。それよりもヒナ様、頑張りましたね」
「えっへん。ですよぅ」
そんなクレインを、テッカが半目で睨んでいた。
「おいクレイン、中々面白い戦い方をするようになったじゃないか。それはあれか? 俺たちキサラギへのけん制という意味合いでいいか?」
「ひぇっいえ違います! そんなつもりはなくてですね」
「冗談だ馬鹿たれ。しかしシラヌイの技を改良するとはな、お前とオルタは授業の中で武術の心得も指導しよう」
「よろしくお願いします」
「店長もテッカ師に後は鍛えてもらえとのことでしたので、助かるでござる。これからもよろしくお願い申し上げるでござる」
「テッカくん私は?」
「お前はまずギルドの業務に戻れ、アルマリアが愚痴ってたぞ」
マナがげんなりと大げさにうな垂れると、テッカが外を指差した。
「ほれ、もう着いたぞ」
テッカの言葉に、あたしたちはリア・ファルの小窓から外に目をやるのだけれど、馴染みのある景色に誰もが息を吐いた。
そんなに長かったわけではないけれど、やはり安心してしまう。
リア・ファルは学園の中庭に着陸し、テッカが最初に外に出ると続けてあたしたちもリア・ファルから降りていく。
「――」
「みんなおかえり――ごはん用意してあるから、さっさと手を洗っておいで」
「リョカさ~んっ」
「はいルナちゃんおかえり。いっぱい頑張ったね」
リョカとアヤメがそこにはおり、あたしたちを出迎えてくれる。
あたしは息を吐き、2人に目をやる。肩を竦ませてしまう。
「……」
「セルネくんとクレインくんもありがとうね、ピヨちゃんもお疲れ――至急ピヨちゃんのことで気を揉んでたヴィヴィラ様に顔を見せてあげてくださいね」
「ぴ? あ~……ヴィーラったらお姉ちゃん大好きなんですからぁ」
上機嫌なヒナリアがヴィヴィラがいる方に向かっているのを横目に、リョカは次にオルタとマナに目を向けた。
「2人もおかえり。お母さまに随分扱かれたでしょ? 今日は僕がもてなすからゆっくりしていきな」
頷く2人に、リョカが満足そうにしている。
するとあの子はあたしの正面にまで移動してきて、呆れたような顔をして、そして――。
「おかえりミーシャ」
「ん……」
あたしの頭をそっと抱きしめ、そのまま撫でられる。
昔はよく、こんなことをされていたっけ。
「随分と頑張ったじゃん、けど女の子の顔面はあかんぞ」
「あたしのやり方だもの」
「そりゃあそうだ――ねえミーシャ」
「ん?」
「僕はミーシャのこと大好きだよ」
「ん」
「心配もあるけれどね、いっつも真ん前に立って、本当に暴力だけで人の心掻っ攫って、何事にも屈せず誰にでも構わずに手を差し出す。僕の自慢の幼馴染なんだ」
「ん」
「ご飯はお肉たくさんだよ」
「ん――リョカ、ただいま」
「うん、おかえりなさい」
リョカの胸に頭を預け、あたしは息を吐いた。
きっとらしくない顔をずっとしていたのだろう。
リョカに撫でられていると、腰にピタリと引っ付く獣が1人――あたしは手を動かしてアヤメの頭を撫でてやる。
最初はほぼ誘拐だったけれど、この国の聖女と交流できて、大聖女というミリアと出会えた。
あたしとの相性はすこぶる悪かったけれど、あの子は実力も心根も立派な大聖女ではあった。
あたし自身、あの子が優れた聖女であることは知っている。けれどそれを届ける術をあたしは持っていなかった。
救われることを望まれていなくて、それどころか嫌われて――初めての感覚に、困惑もあって、悲しくなって……セルネにか弱いなんて言われるわけだ。
けれど、あたしは今のやり方を変えるつもりはない。
邪魔だったら殴るし、聞き入れないのなら殴る。それしかできないし、これからもそれをしていくつもりだ。
別に誰これ構わず救うだとか、あたしのおかげで。なんて驕るつもりもない。
あたしはあたしの拳で、心から救ってほしいと誰かに乞われるように強くなるだけだ。
それだけは絶対に変えない。
そうやって強くなった先で、魔王が、幼馴染が、リョカが――誰よりも、誰かにとって可愛く思われているのならそれでいい。
「――」
あたしがリョカの胸から顔を離して体を離すと、あたしの幼馴染は相変わらず懐っこい顔をして、ご飯はもう用意してあるよとあたしの腕をとって脚を進め始めた。
あたしはただ、そんな魔王様に連れられて帰りたい場所へと戻るのだった。




