魔王ちゃんとおかえりの準備
「……あ~うん。女の子の顔面を殴るな」
「抱きしめるのかと思ったけれど、あいつ普通に殴ったわね」
聖都での戦いを見ていた僕たちは、その戦いが一区切りついたことを確認して鏡を閉じた。
しかしあれは……ミーシャにとっては初めての出来事だろう。
基本的に僕たちは他人に拒絶されることは少ない。それが敵であるのなら別に問題はない。けれどあの大聖女様は、敵にすらなりきれない。
真っ当な善性、聖女として当たり前の感性と人が持つ当たり前のモラル。本来なら敵として相まみえることはない。はずだった。
けれど余計な環境と女神さまの異変、あの大聖女様は真っ当なまま歪んだ。
そんな時に現れた噂の聖女、その能力は高く、噂程度に意識していればよかったものを、彼女はケダモノを求めてしまった。
だからあんな結末を迎えたわけだけれど……珍しく沈んでたな。
僕はため息を吐くと、同じようにそわそわしている風切りに目をやる。
僕はリア・ファルミニを取り出してテッカに渡す。
「テッカ、迎えに行ってもらっていい?」
「お前はいいのか?」
「みんなにお腹いっぱいになってもらうために、ご馳走でも用意しておくよ」
「ああ、頼む」
テッカがリア・ファルに乗り込み飛び立ったのを見届け、僕は盛大にため息をついた。
「珍しい結末よね」
「そうだね。今回ばかりは、ミーシャが聖女として異質すぎた」
「さんざん言ってたことだし、言われ続けていたことなんだけれどね。ミリアはそれに耐えられなかった。スピカたちはよく受け入れたと思うわよったく」
「ミリア様も、悪い子ではないと思うんだけれどね」
「だから拗れたのよ。ったくアンディルースも結局ルナたちに何も言わなかったしな」
ルナちゃんたちに虫を取っ払ってもらったアンディルース様は何か言い訳でも謝罪でもあるわけでもなく、ルナちゃんたちと一切顔を合わさずに顔を伏せていた。
「まっ、虫を捕まえられたから、こっちとしては上々なんだけれどね」
「その点だけはな。アンディルースといいミリアといい、腹の内が面倒すぎる。一周回ってお前とミーシャがまともに思えるよ」
「僕らは発散する機会も、周囲の人たちにも恵まれているからね、同じような境遇だったのならミリア様のようになっていたかもしれない。けれど……」
同じような環境に陥っていたとしても、ミリア様の考えは理解が出来ない。言っていることも、そこに至った理由も、意味はわかる。
でも決定的にわからない。
僕がため息を吐くと、呆れた顔をしたジンギくんがヴィヴィラ様を肩に乗せてやってきた。
「わかんねえって顔してんな」
「……ぜんっぜ~んわからん。ジンギくんはミリア様の気持ちがわかる?」
「俺はあの大聖女様じゃないからな、あの子の気持ちはわかんねえ。ただ……」
「ただ?」
「ああやって羨む気持ちはわかるよ。リョカ、ああして持っていない奴はな、誰かを目指す方が楽なんだよ」
「うん? それはそうでしょ、僕だって先人がいるのなら教えを乞いたいよ。先駆者には敬意を持とうって話?」
「違う、違うんだよリョカ、お前は先を見るだろ。俺たちは、あの大聖女様は、そこで終わりだ」
「終わりって……」
「憧れて、目指して、そこが終着点。お前は教えって言ったな、俺たちは教えてもらいたいんじゃない。なりたいんだよ」
「……」
ミーシャも言っていたな。あたしにはなれない――僕からしたらそれは当然のことだ。でもジンギくんの言う弱者は、そうなれることを望んでいる。
すると話を聞いていたヴィヴィラ様が控えめな顔をしてジンギくんの襟を引っ張っているのが見えた。なんだあの可愛いふわふわ。
「ん~?」
「……あたしも、前ジンギの真似っこしたよ」
「役に立ったか?」
「うん」
「そうか、ならお前はそれになれたんだろ。それはもう、お前自身の話だよ」
肩に顎を乗せるヴィヴィラ様の頭をジンギくんがそっと撫でていると、彼女がおかしそうに控えめに笑った。
「どうした?」
「ミーシャちゃんと同じこと言ってるよ」
「あいつと同じかぁ。頭の中まで筋肉にしたくねえんだけどな」
そう言って笑うジンギくんが肩を竦ませるのを見て、ふと彼に尋ねる。
「ジンギくんも、なりたい人がいるの?」
「う~ん? う~ん俺はあれだな、なりたい奴が多すぎてな。困ったもんだ」
ジンギくんは辺りを見渡し、そして最後に僕を見てきた。
自惚れでなければ、僕もその1人に加えられているらしい。
僕はジンギくんに笑顔を返すと、2人に目をやる。
「それじゃあ今からご飯作らなきゃなんだけれど、良かったら手伝ってもらえる? リョカちゃん目指すんなら、料理は必須だよ」
「へいへい。ヴィも覚えとけ、料理はどんな時でも役立つ」
「……うん」
赤らんだ顔で頷くヴィヴィラ様に、僕は笑顔を浮かべながら口から血を吐きそうになっていた。
何を想像したのですか運命神様。そんな言葉を飲み込み、僕たちは厨房へと脚を進ませるのだった。




