聖女ちゃんと拒まれた手
「――」
呼吸を荒げ、それでもぶっ飛んで行った聖騎士たちに奇跡を起こし続けるミリアだったけれど、そのどれもがもはや意味をなさないことはわかっているだろう。
加護が薄くなっている。
ヒナリアの圧がここまで届いていた。
あの子は強い女神だ――ただ今回は悪影響を受けたルナがちょろちょろとやっていたみたいだけれど、それも上手くいったのだろう。
月神から夜と幼馴染の気配がした、それが決め手か。
それに――。
あたしは勇者たちを任せているセルネとクレインたちの方に目をやる。
よい遠吠えだ。体の芯にずしりと響いた。けれど足りない、あの子にはまだ殺意戦意顔面パンチが足りていない。
だから少しの手助け。
あたしが声を上げるだけで何も変わらないかもしれない。変わったかもしれない。少なくともあたしの咆哮でミリアと残った数人の聖女、彼女たちはすくみ上った。
「……」
「まだ、まだぁ――」
結局、最後まで戦争の体はなされなかった。
そんなことはわかっていた。だって戦争を求めているのはあたしであってあの子ではない。
あたしの土俵にあの子を巻き込んだのは、あの子がそれを望んだから――あたしが大聖女だったらよかった。違う。
ミリアはずっとあたしにそう言ってきた。でも違う、あの子が本当に欲しかったのは……。
「あんたはあたしにはなれないのよ」
「――っ! そんなの、そんなの!」
「やってみなければわからない? 目指してみなければわからない? そういうことじゃないのよ。あんたがあたしみたいに腕力を得て、あたしみたいに覚悟を持ったとしても、あたしにはなれはしない。あんたもわかっているでしょ」
「――」
ミリアが歯を噛みしめて鳴らし、体を震わせながらも両手で持った聖杖の先端をあたしに向けてくる。
手を震わせ、杖が震え、顔を伏せて――。
「あたしを見ろ!」
「っ、でも、でも――」
顔を上げた大聖女の表情はどこからどう見ても幼子のそれで、泣きはらした目元、怒りなのか悲しみなのか、至らない自分への嫌悪なのか――様々な湧き出る感情に顔を真っ赤にして、涙や鼻水でぐちゃぐちゃなその顔で、彼女は残った聖女たちに縋る様に、助けを求めるように視線をやった。
それを受けた彼女たちも全開の奇跡をもってミリアを強化する。
戦いの心得も、覚悟も矜持もあったもんではない。
子どものように杖を振り上げ、子どものように金切り声を上げて、子どものようにがむしゃらに突っ込んでくる。
あたしは肩を竦ませ、両手を広げて目を閉じる。
ああきっと、抱きしめてあげればいいのだろう。か弱い幼子のような彼女を迎え入れて、ナデナデよしよしと慰めて、あんたは立派な大聖女だと教えてあげればいい。
「私は! 私はあなたのように、強く、誰からも認められる大聖女に、アンディルース様が私なんかを大聖女にしたと言う不名誉を被らせないために――」
「……」
「……いいえ、いいえ。ズルいよ、いきなり横から出てきて、私なんかよりずっと立派な聖女様で、あなたは、何もかもを私から奪って――だから!」
「……」
弱者の懇願だ。
ああ、抱きしめる。抱きとめる――否。
「――」
「ミーシャ=グリムガント! わたしは、私は! あなたが大っ嫌――」
「22連――」
「え――」
伸ばした腕を引き戻し、握った拳をミリアの顔面に届かせる。
大地を滑り、ぼろ雑巾のようにうち捨てられた大聖女の姿に、あたしはため息をついた。
上半身を持ち上げ、体を起き上がらせたミリアはあたしが殴った頬に手を添え、もう片方の手で鼻から流した血液にそっと指を這わせた。
「……ってよ」
「……」
「もう、もうっ」
「……」
「もう帰ってよ! 私を、私をこれ以上、傷つけないで――私は、私を、これ以上、苦しめないで」
「……」
あたしはミリアに背を向けると、ちょうどルナとヒナリアが半裸のアンディルースを肩に抱えて戻ってきた。
大海神はルナとヒナリアの手を振り払い、弱々しい足取りでミリアの下に行き、彼女の頭を抱きしめた。
そんなアンディルースの抱擁を受け、ミリアは人目もはばからずに大声で泣き声を上げた。
あたしはミリアに声をかけるでもなく、そのまま脚を進ませると、セルネが手に持った魔狩りの勇者を聖女たちの傍に放り投げ、あたしにむかって肩を竦ませた。
最近この勇者はどうにも鋭い時がある。
クレイン、オルタ、マナにも帰るという意思を目に乗せて歩む。
もう、ここですることはない。
時間が解決するのか、あの子が自らの脚で立ち克服するのか、あたしに先のことはわからない。
少なくとも、今現在あたしはあの子の傍にいてはいけない。
ついため息を漏らす。
するとピトとあたしの腰に柔らかな感触。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
あたしはルナの頭を撫で、聖都を後にするのだった。




