聖女ちゃんと大海の加護
アンディルースのあの特権、女神であるルナたちにとっても想定外らしく、呆然とした顔をずっと浮かべたままであった。
「アン! あなたのそれはなんですかっ、そんな特権わたくしは知りません! あなたに一体、何があったのですか!」
「あ~もう、五月蠅いなぁ。月には関係ないでしょ、今までずっとほったらかしてたのに、今さら最高神面しないでよ」
「――」
ルナが顔を伏せ、握りこぶしを作ったけれど、あの大海神、ルナと会話しているくせにルナと一切目を合わせていない。
心底興味ないのか、それともそれ以上に向けるべき先があるのか――それは定かではないけれど、ルナとアンディルースの同期同士での会話をよそに、ただ1人、ただの一柱、革命の神鳥だけは顔色も変えずにその大海にだけ意識を向けていた。
「そんな新しい玩具を得ただけでイキがっちゃったんですか?」
「……ヒナリア、随分と生意気言うようになったね。いつからそんな女神然とした奴になったの」
「他に優先すべきことがあっただけです。今はそのどちらも大事にしているだけです。あなたにはわからないでしょうけれどね」
「……」
アンディルースの触手がうねうねと動き、その1本をヒナリアへ叩き込んだ。
その触手は大きく、以前戦ったA級冒険者の何とかって奴の魂を喰らうものの最終スキルで出来た触手よりも数段鋭いそれが大地に叩き込まれると砂煙を上げ、ヒナリアの姿が見えなくなった。
「ヒナリア――」
心配げなルナの声――けれど砂煙が晴れると同時に、辺りを舞う羽。
ヒナリアの背中から生えた翼が彼女を守る様に正面に閉じており、その翼に抱かれながら神鳥が瞳を鋭くさせていた。
「ルナ姉さん、ミーシャさん、こちらは大丈夫です。この程度で折れるほど、私は弱くないです」
「そう、任せたわ――ルナ、ああ言っているけれど、あんたはあの子たちを見守ってあげなさい」
「……はい。ミーシャさんも気を付けてくださいね」
ルナの体があたしから離れようとしていると、再度アンディルースがケタケタと笑い声をあげた。
しかし自身の女神がこんな様で、ミリアたちは疑問にすら思わなかったのだろうか――あたしがそうして改めて彼女たちに目を向けて首を傾げる。
「――?」
先ほどまではあたしにしか目をやっていなかったミリアや聖女たち、しかし今はどうにも視線が定まっていない。
どこも見ておらずただ虚空を見ている。さっき神殿で祈りを捧げていた時のような状態で、何故また。と、疑問に思うよりも先に、その大海が正よりも悪寄りの邪悪さで口角を吊り上げた。
「沈め、沈めっ、しずめぇ! ここより先は黒き暗き神域――ああ、みんなみんな、あたしと同じ、溶けて混ぜて溶け合うの」
「これは――アン! あなたその力は」
「みんなみんな沈んじゃえ――さあ、ここは命の始まり、あなたたちの始まり、みんなみんな、あたしになって」
何かの加護が使用された。
けれど何か別段変化があったようには思えない。何も変わっていない――。
「――っ」
あたしは体を逸らし、突然斬りかかってきた聖騎士に目をやる。
うつろな目で、それでも邪悪に口元だけを歪ませ……いや、なんだこの違和感。
この聖騎士に戦闘の意思はなかった。
けれど今のこの聖騎士には相変わらずその意思はないが、それでも確かに誰かの戦闘の意思を感じる。
「これは――」
「アンの加護です! 大海の女神は命の始まり、その実、有形無形に関わらず何者にでもなれる加護、大海とは命の原初、命を形作る発生源、命の工場――例え女神であろうとも、その命の始まりになることで、人々と存在を同じにした命から始められる。アンの加護は、存在の同期です」
つまり、あの女神が持つ方向をみんな一緒に見るという加護だろうか。
道理で聖女や聖騎士からは意欲を感じないわけだ。この圧はすべてあの女神のものなのだろう。
けれどこの加護――腹が立つ。
つまりこの加護は、この身勝手は、翼を――。
「もうこれ以上は奪わせないです! 翼は人の持つ可能性――それを奪う権利は、女神でですらありはしない!」
「なら引き揚げてみろ三女! もっとも、海に生きる生命にとって空は、大地は毒でしかないけれどね。お魚は陸では生きていけないんだよ」
「それでもっ! 命には翼があることを、私は叫び続けます!」
飛び出したヒナリアがアンディルースに突っ込んでいき、聖都の門を砕きながら街の方に飛んで行った。
あの子の心配もしたいけれど、それよりも――。
あたしはその聖女に目を向ける。
彼女は虚ろな目で、手を前にかざし、聖女の奇跡を正面のすべてに行使する。
存在の同期――この大聖女の奇跡とは広範囲にもたらせるものではなく、すべて同じ存在にのみ向けられる奇跡、つまり……。
同一存在からの信仰――それは大教会にも匹敵する圧倒的な信仰で、その聖女は、まさに大聖女と言われるほどの存在へと変わったのだった。




