魔王ちゃんと守護神の心残り
「……おい、アンディルースの特権、あんなんだったか?」
「――」
引きつった顔を見せる神獣様を横目に、僕は月神様経由の視界でその怪物を視た。
「アンデルセン」
「うむ、妙だな。いくつかの女神特権はこの目に収めたことがあるが、大海神の特権はもう少し寄っていた。だが今のあいつは何だ、これではまるで……」
アヤメちゃんを中心に他の女神さまが集まってきており、それぞれが顔を歪ませていた。
僕は女神さまたちに意識を向けながらアンデルセンの言葉を待つ。
この魔王は情報通だ、こういう想定外にもそれなりの見解を持っているはずで、女神さまたちとは違う視点で思考を働かせる。
「これ、本当に女神特権? なんというか――」
「言わんとしていることはわかる。これではあまりにも邪悪だ、女神の信仰とは程遠い」
「……ちょっと加護に入り込んでみるかな――」
「止めておけ。どうにも直感があれには触れるなと言っている」
「触らぬ神に祟りなしって? そりゃあそうだけれど、生憎あっちには僕の大事な人たちがいるんだよねぇ」
「もう少し様子を見ろ、あれは俺でも観察したことのない事象だ。慎重になるべきだろう」
「……」
「わかった、今回はなにかが起きたのなら俺が手を貸してやろう」
「どうした、熱?」
「……後ろのヘリオスが睨みつけてくる」
まさかのアンデルセンの助力の確保に僕は驚くのだけれど、ちらと無王の背後に目をやると、そこでは腕を組んでいるヘリオス先生がずっとこの虚構の王の背中を睨みつけていた。
僕は先生に頭を下げて礼をすると、アヤメちゃんたちが近くにやってきた。
「リョカ――」
「うん、見てた。皆さんはあれにどんな見解を?」
「わからん。だ。アンディルースの特権はあんなのじゃなかったし、そもそも様子もおかしい。操られているとかそんな感じでもねえし、見解も何も、俺たちは誰一人としてあの現象を理解できてねえ」
僕はテルネちゃんに目をやるのだけれど、叡智の女神さまは首を横に振ると同時に、顔を伏せてきゅっと服を握った。
「アン……どうしてあんなことに」
「なんで誰も把握してないのよ――あ?」
さすがのアヤメちゃんもあんな悲しげな顔をしているテルネちゃんを責める気もないのか、呟くように言い放ち、小さくため息をついたのだけれど、その神獣様の耳がピンと跳ねた。
あれはと僕は神獣様の加護に僕の信仰を伸ばし、彼女の意識に潜む。
『アヤメ、あたしも見てた。アンディルースのことだけれど、ルナとテルネはともかく、あたしはこれでもあいつを酒に誘ったりしてたから、それなりに言葉を交わしてた』
「……そういうの先に言ってくれない?」
この声――守護神のルーファ様だな。
彼女はアンディルース様と交流を持っていたそうだ。
『で、だ。最後に会ったのは1年位前か――その時は普段通りだった。少なくとも女神の信仰があんな風に変異するような出来事なんてなかった。それはあたしが保証する』
『じゃあなんであんなことになってんのよ。あんなもん、普通じゃありえないわ』
『わかってるって――で、これを聞いてるだろうジブリッドの魔王ちゃん、あんたはどうなのさ?』
『……』
『リョカお前俺の加護に――で、どうなのよ』
『……あの気配、ちょっと知ってる気がします』
『は? どこよ』
『リッカさん』
アンディルース様が特権を使った瞬間、微かだけれど、リッカさんに潜んでいた虫の気配があった。
もっと深くまで調べないと確定は出来ないけれど、どうにもここ最近で僕たちの前に巣食っているなにかがあまりにも不気味すぎる。
『リッカって――あの虫か?』
『うん、ほんのりね、そんな気配がした』
『あれもよくわからないのよね』
アヤメちゃんが頭を抱えるのが目に入り、僕も思考を働かせようとするのだけれど、これ以上はまたどうにかなりそうで少し落ち着かせるために薬巻きに火をともす。
すると黙っていたルーファ様が僕のことを見ているような気がし、首を傾げる。
『ルナの魔王』
『はい?』
『あんたは、アンを救える?』
『……無理です』
『そう――』
状況がわからない。状態もわからない。そもそも女神さまはいい加減な在り方のくせにその存在は繊細だ。
こんな状況で外側から、僕のような魔王が手を入れたら何が起こるかわからない。
『でも――』
『ん?』
『それはあっちに任せてます。ルーファ様もグリムガントの力は知っているのでは?』
『……ハっ、そうだったな。本当に厄介な一族だよ』
『手を貸せることがあるのなら僕たちも動きます。その時はルーファ様、一緒に働いてくださいね』
『ああ、そうさせてもらうよ。ルナの魔王――ありがとうね』
『いいえ』
ルーファ様の気配が離れていき、僕たちの加護での通話が終わると、神獣様がそっと僕の頭を撫でてくれた。
「ん、またよろしく頼むわ」
「ええ、あれちょっと可愛くないですからね、必要なら可愛くさせますよ」
「心強い限りで」




