聖女ちゃんと様子のおかしい大海
セルネとクレインが行動を開始したのを見届け、あたしは相変わらず歯をむき出しにして正面を睨み嗤っている。
「……ミーシャさん、動かないのですか?」
「言ったでしょ、これが戦争ならあたしも、あの子も嗤っていなければいけないわ。踏みつける覚悟を、翼を広げる意思を――まだ始まってすらいない。革命とは無理やり進む手段よ、あそこにミリアが立っている以上、あの子は弱者であってはいけない」
「ミーシャさん、鳥はいつでも信者募集中ですよぅ――痛い痛いですよぅ!」
「アヤメが拗ねますよ。それにすでにあなたには素晴らしい信者がいるのだから我慢してください」
「……それはそれですよぅ。むぅ、おこぼれだけで我慢するです」
むんっと力を込めるヒナリアの喉を撫で、あたしは未だ体を震わせているミリアに目をやった。
まだ動かない、まだ覚悟を持てない。彼女が進んだ先はこういう道なのだ。
らちが明かない。だろうがあたしはここで待ち続ける。
けれど――。
「ケダモノ――」
しびれを切らしたのは大海の女神・アンディルース。
あの女神は歯を食いしばってあたしを睨みつけ、女神特有の信仰を破裂させたような威圧を放ってくるが、それでもあたしが見る先は、あたしが届かせる拳は逸らさない。
一切反応を示さないあたしに、下唇を噛んで血を流すアンディルースが脚を進めた。
けれどそれと同時に、革命をもたらす女神が、翼を広げて歩みを進めた。
「ヒナリアぁっ!」
「アンディルース、お前の相手は私です」
途端、ヒナリアの体からずっと彼女の体からバチバチと鳴っていた金色の信仰が弾けるのを止め、そのまま彼女の体にまとわりつく。
「『女神特権・命運金色天空女王』」
金色の信仰はヒナリアの翼に吸い込まれていくと、白銀に輝きその翼を大きく、硬く、変異させ、着ていた服は何か白い布を巻いて留めただけのような服装に変わった。
「運命を穿ち、世界を照らす陽に翼を届かせ革命を成す三女ヒナリア――この翼でその大海すら空へと巻き上げる。覚悟しなさいアンディルース、愛すべき人々の翼をもいで薄暗いその深淵に引きずり込んだ罪は重い」
「革命の光すら届かないこの深海に、翼なんて必要ない。この海は私の世界だ! 誰にも侵させない、誰にも奪わせない、みんなみんな、私の海に――『偽・女神特権・偽世界の不可逆性偽心」
女神特権の発動と同時に、アンディルースの背後の空間が歪む。
大海の女神はその空間から伸びた触手――ソフィアが使う第四のタコだかみたいな触手に引きずられ、そのまま姿を消すとすぐに空間がひび割れ、そこから触手に全身を巻かれている女神が薄く笑みを浮かべて現れた。
なんだあれは――あれは確かに大海の女神アンディルースだ。
けれど纏う信仰が異質……いや、あれは最早邪悪とも言えるだろう。
あたしはチラと月神に目をやると、この子は困惑したように口を開けて呆けており、その小さな額からは脂汗が流れていた。
「なに、これ――アンであることは間違いありません。けれど、こんな信仰……アン、あなた一体、何が――」
ルナが驚き言葉に詰まっていると、そのアンディルースからつんざくような笑い声が発せられた。
「あはははははは――ああ、駄目、駄目、駄目っ! 誰にも渡さない、私だけ、私だけの! もう暗いところはイヤ、いやぁ! なんで誰も私のことを見てくれないの、なんで誰も、誰も――」
気がふれたように叫び涙を流すアンディルースが、スキルの効力を失った玩具のように四肢を投げ顔を伏せた。
しかし次の瞬間には顔を上げ、先ほどの激情が嘘のようにのっぺりとした顔でヒナリアに目を向けた。
「ああ、お待たせ三女。聞き分けの悪い妹には、お姉ちゃんが罰を与えないとね」




