聖女ちゃんと道しるべの怨敵
「ミーシャ、本当にいいの?」
「……」
ミリアがその身を海に沈めて出ていった教会には、すでにあたしとルナ、セルネとクレイン、ヒナリアとシィラしかおらず、聖都のほとんどの戦力は街から出て隊列を組んでいるとの報告をセルネとクレインから受けていた。
2人の報告を中庭の長椅子で受けていたあたしに、セルネが心配げな瞳を見せた。
そんなに弱っているように見えたのだろうか、確かに気分が乗らないのだけれど、拳はまだ動くし、まだ吼えられる、まだ飛べる――。
「俺たちが行ってこようか? さすがに全部は倒せないかもだけれど、不死者の大群よりは少ないからある程度までは削れるよ」
「セルネ――」
この勇者はあたしを守ろうとしてくれている。
それほどまでにあたしは今危ういということなのだろう。けれど……ここで引くわけにはいかない。
「……ここで待っていてくれれば俺が大聖女連れてくるよ」
「セルネ、違うのよ、そうじゃないの」
「いつもの勢いがないんだけれど?」
「それは――」
「ミーシャ=グリムガントがなんて顔してんのさ? いつもみたいに後先考えずに突っ込んで殴ってボコボコにして――今のミーシャ、まるで女の子みたいじゃ――いったぁ!」
おろしていた拳を瞬時に上げ、セルネの頭を引っぱたけた。
「あたしの性別を思い出せたかしら?」
「はい……とっても可愛らしい我らの聖女様です」
「よろしい」
そんなアホみたいな言葉のやり取りに、あたしはふっと笑みをこぼした。
するとセルネは肩を竦ませ、あたしに手を差し出した。
「どうにかしないの?」
「どうにもできない。ミリアはあたしのことが嫌いなのよ」
「随分と嬉しそうに言うじゃん」
嬉しそう――確かにそうかもしれない。
でもセルネが気を遣ってくれたおかげか随分と心が楽になった、冷静になれた。
「あたしがあの子を救うなんて無理よ。だってあたしがあの子を苦しめているんだもの――でもね、大聖女大聖女なんて言っているあの子が、すでに進むべき道なんて見失っているあの子が、あたしのことだけは意識せずにはいられない。それは大聖女でも、女神の意思でも何でもなく、あの子――ミリア=アルトハートが抱いた嫉妬だもの」
「不健全だなぁ」
「そうでもないでしょ。あの子はあたしの下にだったのなら暗い海の中からでも向かってこられるのよ。救えない、だからあたしは今回に限ってはそんなことしない」
「じゃあなにすんの?」
「売られたでしょ?」
「……俺励ましに来たんだけれど、立ち直り早すぎない?」
「助かったわ」
セルネの額にこんと拳を当て、長椅子から立ち上がって一緒にいてくれるみんなに目をやる。
「いいわ、あの子があたしを毒だというのならもう戦争するしかないでしょ」
体中から戦闘圧を破裂させ、神殿に、教会に、聖都に闘争の嵐を起こす。
救えるもの、救えないものがいることを知れた。でもだからといってそれがあたしの拳を下ろす理由にはならない。
救えないのならいくらでも拳を叩き込もう。
届かないのならいくらでも拳を叩き込もう。
必要ないのならいくらでも拳を叩き込もう。
拒絶されるならいくらでも拳を叩き込もう。
「さすがミーシャさんです! ヒナもお供します――あっ旦那様のことが嫌になったわけではないですよぅ、ただ今回はミーシャさんの行く先にあのバカ姉がいるので――」
「ヒナ様、気を付けて行ってらっしゃい」
ハッとなって振り返ったヒナリアに、クレインはヒナリアと額と額を重ねると、その口元を神鳥の耳に寄せ、囁くように告げた。
「ぴよっ」
ヒナリアは顔を真っ赤にし、体を硬直させた。
見ない間に随分と女神の扱いを心得たクレインとボケ~っとした顔でそんなやり取りを見ていた銀狼の勇者を見比べて、あたしはため息をついた。
「なにミーシャ? そんな残念なものでも見るような目をして」
「あんたにそういうのを期待するだけ無駄ね。リョカはそういうのされたら一発だと思うんだけれど、まあ後々後悔しないようにしなさい」
あたしが薄く笑っているとルナが袖を引っ張ってきた。
「良いんですか?」
「仕方ないわよ。あたしじゃ無理だもの、あの子を追い詰めるだけだわ。だから徹底的に追い詰める」
「それでは本末転倒ですよ――でもそうですね、そうなんですよね……こういう時、なんて言いましたか」
「毒も過ぎれば薬になる。じゃない?」
「ん~? んぅ~ん? 何か違うような――大量に毒を摂取して抗体が出来るって話でしたっけ?」
「知らないわよ」
首を傾げるルナを抱き上げ、あたしは脚を踏み出す。
けれどその横目に映った唯一の聖女に向かって口を開く。
「シィラ、あんたはここで待っていなさい」
「……」
「あんたには無理でしょ。あたしは救えないけれど、あんたなら出来るかもでしょ」
「……荷が重いわよミーシャちゃん」
「聖女なんだからそのくらい当然でしょ」
力なく笑うシィラだったけれど、すぐに片足を前に出し、その足の膝に肘を乗せて体を低くして頭を下げた。
「聖女、聖女・ミーシャ=グリムガント、あたし――あっしには今ここであんたさんの力にはなれやしねえ、てめえの力が足りないことが、てめえが先延ばしにしてきたことを尻拭いさせてることが――何よりも許せねえ。本来なら、今ここで腹ぁ切って、あんたさん方に誠意を見せなきゃならねえはずだった。でも駄目だ、それすら出来ねえ。死ぬことはいい、てめえの意思で臨んだことなら喜んで死んでやる。でもまだ駄目だ、このサクノシ――」
「シィラ、聖女がなんて言葉使いしてるのよ。もっとお淑やかに。でしょ?」
「……」
シィラもルナも、セルネもクレインもヒナリアも、何か言いたげな目で呆けている。
あたしは全員を軽く睨むと、そのシィラがはじけたように笑い始めた。
「――ええ、ええそうね、そうだったわ、あたしは聖女のシィラ、本当に修行不足だわ」
「そうね、今度学園に来なさい。あたしが扱いてやるわ」
先ほどの鬼気迫る体勢ではなく、スッと真っ直ぐに背筋を伸ばすシィラに後ろ手を振り、あたしはルナとヒナリア、セルネとクレインを連れて歩み出す。
もう止まるわけにはいかない。
そもそもあたしに止まるという行動は備わっていない。
あたしはケダモノの気配をその身に宿し、どこまでもどこまでも高く、遠くに、口角を吊り上げて嗤い、戦闘の気配を大きく広げていく。
「ぶっ殺す!」
「お淑やかさぁ!」




