魔王ちゃんと終焉の女神
「しっかしどうしたもんかなぁ。ヒナは確実に女神特権使うだろうしなぁ」
そう言ってアヤメちゃんが僕の膝の上で頭を抱えているけれど、ふと僕は思う――別にいいのでは?
「……なんだぁリョカ」
「聞かれたから答えますけれど、別に使ってもいいのでは? 世界への影響を考えたら、多分女神さまよりガイルの全力の方が上ですよね?」
「そんな単純な話じゃないのよ。女神特権っていうのは文字通り女神の特権なのよ」
「ふむ……」
あまり深く考えるとまた妙なことになるだろうから、あくまでも浅く、脳の大部分にルナちゃんとアヤメちゃん、フィムちゃんとテッドちゃん、アルマリアとエレノーラなどなどのちびっ子たちで埋め尽くしながら思考を馳せていく。
信仰に意識を、僕自身の信仰を繋げ、月神様の特権に触れようとする。
「――おい」
「……なんですかぁ?」
「お前今探りを入れようとしてるだろ?」
「まさかまさか――」
「別にお前ならいつかたどり着くだろうから文句は言わないけれど、もうちょっと順序をだな――見てみなさいあのテルネの顔」
相変わらずクオンさんとソフィアに撫でられているテルネちゃんがジッと僕を見つめており、僕は手を振って笑顔を彼女に返して、伸ばしていた信仰を引っ込めた。
「まあつまり、なにも威力がでかいから使用を制限しているわけじゃないのよ。しかも世界の脅威に使うのならともかく、女神の特権同士のぶつかり合いになるとね」
「まったく、ヒナリアったらあんなに沸点が低かったかしら?」
「仕方ないんじゃない? アンディルースは明確にヒナリアの領域を侵略した。今まであの子はこちらに干渉してこなかったから外敵らしい外敵がいなかったけれど、今は違う。無二の信者と翼を広げる切っ掛けを得た。僕たちの三女は、もう色物の三女じゃないってことだよ」
「ヒナリアはなんだかんだ言って、女神全体を見ていたからね。正直、俺たち長女組と性質は似ているところがあるわね」
「ぶっちゃけて言うと、女神の中では僕たち長女に次いでまとも――」
「は?」
「なんだぁテルネ、文句あるかしら?」
「そうだよテルネ、ヒナリアはいい子でしょう?」
「そこに反応してませんよ。ラムダとメルならともかく、あなたたち2人がまともなわけないでしょう」
「なんだぁてめぇ」
アヤメ、キレる。
神獣様と竜神様が顔を見合わせ、がっちりとクオンさんに拘束されているテルネちゃんにアヤメちゃんが近づいていくのを横目に、僕は背後に現れた気配に意識を向ける。
「随分と愉快な話をしているな」
「どれの話?」
「特権についてだ。俺もあれについては詳しくはない。いい機会だ、神鳥と大海をじっくりと観察することにしよう」
アンデルセンが僕の隣に椅子を生成して腰を下ろし、ワイングラスに真っ赤なワインを注ぎ、それを片手に目を閉じた。
こいつ、聖都の様子を見ているな。僕も僕も――。
今回のダンジョン作りで新たに得た力――加護を通して女神さまの視界を共有するという女神さまが僕たち人にいつもやっていることを実行するために、加護から加護に、信仰を、意識を伸ばして視界を受け取る。
僕に最も近い月の信仰、それに手を伸ばし――。
「うん?」
そこで違和感――僕は確かに女神さまに意識を伸ばした。
けれど少し違う。
「――あ~ね、なるほど。そりゃあそうか、女神さまは個人じゃなくてそのものだったか。そりゃあ特権が制限されるわけだ。これはつまり――」
『リョカ、そこまでです』
ヒヤリとする感覚――どこかお母さまに似た気配に首を傾げると、その突然聞こえてきた声に意識を向ける。
『視界の共有は致し方ないでしょう。けれどこのままだとあなた、女神特権まで模倣しそうでしたので、一応止めさせてもらいます』
『え~っと、メル様?』
『ええ、はじめまし……いいえ、久しぶりですね』
『お会いしたこと、ありましたっけ?』
『ええ、一方的でしたが、あなたの傍にいたことはあります――でもそれはいいのです、今はその加護と加護の行き来についてです。止めてくれますね?』
『……ええ、僕も視界だけ共有するつもりだったので、これ以上は踏み込みません』
『ありがとう。本当に聞き分けのいい子ですね、いつか再会した時、たくさん撫でてあげましょう』
『ぜひに』
どうにも変に緊張してしまうその声に、僕は終始困惑している。
綺麗な可愛らしい声、およそ本体も美少女間違いなしだ。でも何だろうこの感覚――可愛いとか可愛くないとか、それとは別のレールで会話しているような……なんだ、妙にトラウマが刺激されるような感覚。それこそお母さまと会話しているような、そんな逃れられない恐怖というか、向こうであった時分に植え付けられた強迫観念というか。
『では、私はこれで――』
『あの?』
『――? なにかしら?』
『アヤメちゃんは及び腰みたいですけれど、ピヨちゃん――ヒナリア様とアンディルース様の特権の衝突があまりよろしくないのでしたら、僕が止めに行ったほうが良いでしょうか?』
『……』
メル様はどこか考え込む雰囲気を発し、深いため息をついた。
『本当はあなたにここまで甘えているあの子たちに喝を入れるべきなのでしょうけれど、状況が状況ですし、何よりもあなたがここまで女神に寄ってくれていることが喜ばしいのでこの件は咎めはなしです』
『えっと?』
『好きにさせておけばいいですよ。そもそも私も、女神特権の制限は必要ないと常々思っていましたし、何よりも今ヒナリアは女神として新たに高く飛ぼうとしている。それを邪魔したくはないのです。アンディルースに関してもそう、テルネはあの子を何が起きても大丈夫。とまるで強い女神のように話していましたが、あの子はずっと寂しがっているだけです。いっそ全部終わらせて、また始めたらいいのです。背負っているものも何もかも放り投げて、新たに歩み出せばいいのです。女神が勝手でなければ、人も勝手を通せませんからね』
ああ、この終末神様、考え方が僕と似たり寄っている。
そんな親近感を覚え、僕はそっと頭を下げる。
『ああ、今この場に手がないことがどれほど恨めしいか――。リョカ、女神のこと、世界のことを深く考えてくれて本当にありがとう。私の自慢です』
『自慢?』
メル様がクスクスと声を漏らし、そっと僕から離れていく感覚がした。
加護と加護の繋がり――僕とメル様の意識の繋がりが解けていく。
月神様との繋がりを維持したまま、僕は息を吐き出した。
「リョカ=ジブリッド、どうかしたか?」
「あ~……うん」
アンデルセンに生返事をすると、テルネちゃんの頭を荒く撫でていたアヤメちゃんがものすごい勢いで振り返ってきた。
「ん? んっ! ん~? リョカお前なにしてる?」
「え~っと、ミーシャの可愛くて格好いいお顔が見えますね~。さては抱っこされてるなぁ」
「早速視界を奪うなぁ! というか今メルいなかった?」
「ん~……どうでしたかねぇ」
アヤメちゃんの訝し気な視線を躱しつつ、僕は未だ体に残っている氷のようなひんやりとした感覚を噛みしめるのだった。




