魔王ちゃんと気苦労多し長女
「あ~……アンディルースめ、ここまで拗らせてたか。どうすっかな」
「ミーシャたち、大丈夫そうですか? やっぱ僕行こうか? 一瞬で解決してくるよ」
「今回に限ってそれは悪手だな。ミリアがなぁ、力のまだない女版ジンギって感じで、そこにアンディルースが余計なことしやがってるから、随分と歪んだことになってるのよね」
深いため息のアヤメちゃんの口の前に焼き菓子をそっと差し出すと、彼女は僕の手からハムハムと菓子を食べている。
ミリアさんっていうのは確か大聖女様だったか。
女版ジンギくん……弱者であることを許容し、それでも足掻く人――って単純なことではないのだろう。
そもそもの前提として、大聖女は弱者であってはいけない。
本人も自覚しているのだろう。だから付け込まれた。
アンディルース様がどんな女神さまかはわからないけれど、弱者であることを許容し、そのうえで大聖女が弱者であっていいはずがないことを自覚している聖女様と、大海の奥底で誰からも意識してもらえない一人ぼっちの女神様――良い結果なぞ訪れるはずもなく、アヤメちゃんの言うように拗れているのだろう。
「ジンギは素直っつうか、ちゃんと自分の向くべき方向を見据えていたから脚を踏み外すことはなかったんだけれど、ミリアの場合、踏み外して転がり落ちた先に海が広がってたから、そのまま引きずり込まれちゃったのよね。踏むべき大地もなく、真っ暗な深海で進むべき道も見えてやしねえ。哀れな子よ」
「……アン、昔から少し暗い子でしたが、あんなに固執する子だったかしら?」
テルネちゃんがソフィアを連れてやってきてそんなことを言うと、アヤメちゃんも首を傾げた。
「少なくとも、あんなに1人の人間をあそこまで求めるような奴ではなかったわね。お前らなんかやったか?」
「何もしていませんよ。そりゃあ引きこもっていた時に特に構いはしませんでしたが、そもそもあの子はそれを気にする性質でもありませんでしたし、私とルーファも出てきたらまた悪態ついて仕事しだすだろうくらいの認識でしたから」
「テルネ様、アンディルース様とはどのような女神様なのでしょうか?」
僕と一緒に話を聞いていたソフィアがテルネちゃんにそう尋ねると、叡智の女神さまは思案顔を浮かべ、少し考え込んで口を開いた。
「アンディルース、大海の女神――命の始まりの女神、命を繋ぐ女神。そんな権能を持った女神です」
「ありゃ? こっちも人類、というより生命も海から始まったってことになってるの?」
「こっち?」
ソフィアの頭を撫でると、アヤメちゃんが渋い顔をして首を傾げていた。
「お前の言う生命って微生物のことだろ? こっちはそういう話じゃないんだけれど、まあとにかく、命は海から出てきたのよ」
「へ~……神話についても調べたほうが良いかな。いや聞いた方が早いか」
「ノーコメント。そもそも知る必要もないし、気分の良いものでもないからな。それにこっちの神話とかその他は禁書どころか世に出ないようになってる」
「あら残念」
僕があからさまに肩を竦めていると、テルネちゃんが話を続けたそうにしており、手を向けて続きを促す。
しかし、気分の良いものではない。か。なんとなくの予想はある。けれどそれは多分、女神さまたちの出生に関わることだ。
確かに知る必要はない。僕はこの世界で女神さまたちと生きていたいのであって、彼女たちを暴きたいわけではない。
「アンはよく言えば、感情を表に出すのが上手い子でした」
「感情を?」
「ええ、どんな良いこと悪いことが起きても悪態に変えてしまう。皮肉屋で大抵のことに文句は言うけれど、決してそれを悪意にはしなかった」
「アンディルースはルナ世代には珍しく、やり方はどうあれ相手を慮れる子ではあったわね」
「ああ、所謂悪口の裏返しは長所ってやつですか。あ~あ、いつもだらけて暇そうにしてて随分といい御身分ですわね、そうやって他の子の尻ばかり追って時間をつぶしている暇があるのなら、少しは役に立ってくださらない? 的なやつですか?」
「悪役令嬢みたいなキャラ付けに勝手に巻き込むなよな。というか今のは俺のこと? 俺のことよね? 許さん」
アヤメちゃんが飛びついてきて腕をはむはむしてくるから、僕は幸福に顔をだらしなくとろけさせていると、テルネちゃんが咳ばらいをして視線を集めたので、僕はとりあえず神獣様を腕に抱いて、その場にいくつかの椅子を生成して彼女を抱き上げたまま座る。
ソフィアとテルネちゃんも椅子に座ったから、改めてテーブルと茶と菓子を取り出して聞く体勢に入る。
「そういうわけで、ここまで悪意をばらまく子ではなかったはずなのですけれどね」
「ほうね――アンディルースはこうやって誰これ巻き込んで行動する奴ではなかったわ。それこそ、俺のいない数年で何かあったとしか思えないのだけれど?」
「い、いえっ、私たちにもわからないのですよ! あの子は数年前までは普通にしていましたし、それこそリョカさんが誕生してルナが安定してきてからも悪態をつきながらも海の管理もしていました。ただ……ルナの要請で、ミリアを大聖女に選んでから、あの子はトンと姿を見せなくなりました」
「やっぱ何かあったんじゃないの」
「だからそれを私たちは知らないのです」
「私たちはそれを知らない。じゃなくてだな、俺が言ってんのは――」
僕の腕の中で神獣様がジッとテルネちゃんを見つめており、その視線を受けて叡智神様がばつの悪そうに顔を逸らして菓子を口に放り込んだ。
「まあまあ、今はミーシャとルナちゃん、ピヨちゃんに任せましょう」
「それはそうなのだけれど……いいリョカ、そもそもこの世代は個人主義が過ぎるのよ。どいつもこいつも好き勝手やりやがって」
「ど、どの口がっ」
「俺たちは一応相談したうえで行動しているわよ。少なくともお前たちよりはまとまっていたわ。お前たちは集まって相談なんてしたことないでしょ? ルナはあんなんだし、お前も勝手に秩序とか言い出すし、ルーファはことが起きてからじゃねえと動かないし」
旗色が悪いと察したのか、テルネちゃんは僕が用意した菓子類を自身に寄せて袋に詰め始め、椅子から降りてここから離れようとしていた。
「まだ話は終わっていないわよ」
「わ、私だけ責めないでくださいっ! ルナとルーファがいる時にこの話はするべきです!」
「そのルナとルーファが俺からの声を全部弾いているのよ」
「あっ本当だ! ああもう、私にばかり……」
「観測者気取っている叡智にこの声を届けずに誰に届けるのよ。そもそもお前は口出ししかしないからこんなことになるんだろ。この間アンデルセンにも言われたばかりでしょうが――知識を司るのならその知識を実行してみなさい」
「う~……」
テルネちゃん可愛いなぁ。
そんな叡智神様の姿に神獣様はため息を吐くと、そばで作業しているクオンさんに目をやった。
「おいクオン! お前の役目」
「はいはい――」
クオンさんがそばに来てテルネちゃんの頭を撫でて胸に抱くと、叡智神様は竜神様の背中に腕を回して引っ付き始めた。
クオンさんがそれを苦笑いで撫でていると、ソフィアも同じように叡智神様を撫で始める。
テルネちゃん甘やかし陣形である。
「アヤメも言い方きついよね~。よしよし、テルネだってテルネの考えがあるものね、テルネはちゃんと賢くていい子だから、言われたらちゃんと出来るもんね~」
「――」
ぷくぷくと膨れているテルネちゃんを今すぐ抱きしめに行きたい欲求にかられるけれど、ここは2人に任せたほうが良いだろう。
しかしこの長女組、ちゃんと飴と鞭体制が出来ている。多分こうやって妹たちの面倒を見てきたのだろうな。
長女の誰かを鞭にしたら必ず誰かが飴になる様に心がけているのだろう。
僕はそっと腕の中のアヤメちゃんに手を伸ばした。
「お姉ちゃん偉かったねぇ」
「……幼児の長女にやるような声掛けすんな」
アヤメちゃんは頭をかくと、未だ涙目になっているテルネちゃんに目を向けた。
「とにかく、アンディルースのことはとりあえずミーシャとヒナに任せておきなさい。その後はしっかりと話し合うのよ、いいわね?」
「……はい」




