魔王ちゃんと魂無き尖兵
「神鳥か。奴に関しては俺もよく知らんが、なるほどどうして――近年の女神にしては随分とまともらしいな」
「……他の女神さまが聞いたら絶対怒るから口にすんなよ」
離れた場所でヴィヴィラ様甘やかし会を女神さまが開いているのを横目に、僕は作業を再開していたのだけれど、女神さまたちのやり取りを聞いていただろうアンデルセンがおもむろにそんなことを口にした。
そんなアンデルセンの脳天にチョップを落とす影が1つ。
「お前はもう少し女神さま方に敬意を持て」
「無理だろ」
「……断言するな。私もあれとは付き合いがあったから気持ちはわかるが、今ここにいる女神さまは随分とまともだろう」
一体何の話をしているのだろうか?
アンデルセンの背後から現れたのはヘリオス先生で、2人は気安い空気を纏って談笑していた。
「仲いいっすね」
「……リョカ=ジブリッド、撤回してくれ。私がこの阿呆とどこが仲がいいと?」
「そう照れるなヘリオス、リョカ=ジブリッドは客観的に見た感想を口にしたのだろう。俺とお前は付き合いの長さで言えばそれなりだ、若い者にはわからん空気というものがある。それを指して仲が良いと言われたのであれば、現在の感性ではそういうことなのだろう」
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって――」
「……」
「痛い痛い痛い、先生痛い痛い」
ヘリオス先生からのアイアンクローを喰らいながら、僕はそっとアンデルセンに目をやる。
「進捗どうですか?」
「見たまんまだ。全体の3割といったところだろう」
「1週間で3割かぁ。もうちょっと速度ほしいなぁ……あっそうだ、アンデルセンさ、僕に魂委ねる気ない?」
「なんだ藪から棒に。お前の話では魂はないのだろう?」
「いや形式上ね。ほら僕の絶慈、本人をもう1人増やせるでしょ? 単純計算で2倍だ」
「……ふむ、なるほど。俺に不利なことはあるか?」
「僕のさじ加減になっちゃうけれど、悪用はしないし、仮に敵対したとしてもそっちに影響はないかな。そもそもこれは魂っていうか加護の一部を借りてその人の記録を読み取ってクマに変えるものだよ。ミルドみたいなのが相手でない限りどうにもなんないよ」
そもそもこの手の力を優位に立つためだけに使いたくない。これは僕の約束事だ、彼ら彼女らはファンだ。自分勝手な都合でこの力を使いたくはない。
「まあ、お前のそこは信用できる。俺が何か仕出かしてもお前はこれを俺に向かって使わないだろうしな」
「その前に私がお前をボコボコにするぞ」
「……昔はもう少し可愛げがあったのにな」
アンデルセンが頭を抱えてため息をついているが、本当にこの2人、一体どういう関係なのやら。
「それでリョカ=ジブリッド、俺はこれでNPC? の外側を作っているわけだが、本当に側だけだぞ」
「ああうん、十分十分――ちょっと一体ここに出してみ」
「ん――」
アンデルセンが亜空間――喝才による空を超える者の亜空間からつるつるな人型、髪もなければ服も着ていない、男性の生殖器も見えるけれど女子高生が多いこの場では目に毒だろうと現闇で隠したそれに、僕はそっと手を添える。
この側は完璧だ、臓器もあるし、心臓だってある。
でも足りない、圧倒的に脳のつくりがなっていない。そりゃあそうだろう、わざわざ開いたところで所詮肉の塊だ、いくら調べようとも僕たちにそれは創り出せない。
ではどうするか。
簡単な話だ、脳とは記録し、思考し、エネルギーを流す回路だ。脳の形である必要はない。
「――」
ここは都合がいい。
いい加減な創りでも私たちが生きているのが証拠だ。
脳の電気信号を魂という加護で無理やり発生させている。それがこの世界の人間だ、生命だ――。
「――」
手を伸ばす、手を伸ばし、その命に――。
「リョカさ~ん」
「リョカお姉ちゃん」
「……大丈夫」
アンデルセンの出したホムンクルスに手を伸ばそうとした時に、僕の両隣にやわっこい感触が現れた。
「目をギンギンにさせてましたよ~」
「リョカお姉ちゃんリョカお姉ちゃん、エレの満点笑顔でぎゅってします?」
僕は肩を竦めると、アルマリアとエレノーラをそのまま抱きしめ、チラと正面で微笑んでいるロイさんに軽く頭を下げた。
「今日はこのくらいにしておくか?」
「そもそもリョカ=ジブリッドの負担が大きすぎる。君はそんなにこれを完成させたいのか?」
「そりゃあもう、絶対楽しいですよ。これだけやったら休むから、もうちょっと付き合って」
僕はアルマリアとエレノーラから補充をし、改めてホムンクルスに触れる。
必要なのは回路と廻り続けるエネルギー、あとは思考するという現象、記録を記憶として心と呼ばれる機構のでっちあげ。
魂ではない信号による生命の生成――。
闇を流し、加護を流し、今僕の世界だから創れる創造の詩――。
「――」
ホムンクルスに触れながらその歌を紡ぐことで、不完全な生命に音が流れ込むことで、それを電気信号へと変え、脳を通り、心臓を動かし、血が巡り、命の躍動――。
流れ込む歌に合わせ、空っぽであるはずのホムンクルスがびくびくと痙攣し始める。
そしてその不完全は――。
「ウ、ア、がぁぁ……が、あぁ、お、あぁぁ、うが、が、グゥ……」
「こっわ! リョカさんこれ怖いです! なんですぅこれ!」
「よしっ!」
「よしじゃないんですよぅ!」
物言わぬ人形だったそれは、改めてホムンクルスの体を成した。
僕は彼に手を伸ばすと、その肩が跳ね上がる。恐怖だ、感情がある。
まだ完全ではない体を動かすことに慣れていないのか、ギョロギョロと目を回し、あちこちに視線をやっている。興味という感情――。
僕が興奮に笑みをこぼすと、途端に背後から衝撃が奔り、頭を殴られたのがわかる。
「何をやってんのよお前ぇ!」
アヤメちゃんがダッシュして飛び上がり、僕の頭をはたいたようだった。
僕は頭をさすりながら振り返り、どや顔を浮かべてみる。
「そんな可愛げのあることじゃないのよ。何つくってんだお前」
「え? 僕最初に作るって言いましたよね?」
「ここまで精巧とは思わなかったのよ。見てみなさいあの女神たちのドン引きした顔」
「いやいや、女神様管轄ではないので許容範囲のはずですよ」
「管轄じゃないって――」
「ミルド!」
僕はカナデと鬼ごっこして遊んでいるミルドを呼ぶと、彼は面倒くさそうに僕に一瞥をくれ、そのままとぼとぼとやってきた。
「もう少しでカナデを捕まえられるところだったのに――」
「なに遊んでんだてめぇ。ってそうじゃなくて、その子に魂撃ちして」
「は? この気持ち悪いのにか? まあ構わんが……ん?」
ビクリとミルドの手に肩を跳ねさせた彼だったが、その彼を訝しんで観ていたミルドが表情を歪ませ、僕に引きつった顔を向けてきた。
「……おい、こいつに俺が触れられる魂はない」
「せやろ」
女神さまたちに満面の笑みを向けた後、僕はアンデルセンに視線をやり、手を掲げる。
そして無王と呼ばれるその魔王とハイタッチ。
「見事だリョカ=ジブリッド」
「もっと褒めてぇ」
周囲のドン引き空気もなんのその、僕たち魔王は偉業をたたえ合ったのだった。




