聖女ちゃんと大聖女のいない昼下がり
「……ヒナリア、あなたには無理を強いていたようで、本当にごめんなさい」
「い、いえいえ、ヒナは結構好きに生きてるですから、ルナ姉が謝るようなことなんてないですよ」
「……」
場所を変え、中庭のベンチでピヨ子を膝に乗せながら髪の毛と羽を整えていると、ルナがピヨ子の肩に寄りかかり顔を伏せた。
叱りたくても叱れない。
このヒナリアという神鳥は妹思いな女神だ。
しかもその妹が自分を除いて両方とも顔を出していなかった状態だった。
きっとピヨ子はヴィヴィラを探していたのだろう。だからこそ信者を増やすなんて行動にも出られなかった。
ルナはそう推測したのだろう。
「ヴィヴィラにも言ったけれど、あんたたちはあたしを頼りなさい。なんとかしてあげるわ。例えどんな状況だろうが、どんなことがあろうがそこに革命の灯……あんたの神核はわかりやすくていいわね」
「ああ、もう影響が」
「ほんっとうにお手数おかけしますです。というか――」
手を握ったり閉じたりしていたヒナリアが顔を引きつらせて、ルナに目をやった後あたしにふり返ってきた。
「なによ?」
「神核取り込まれた瞬間、えげつない量の信仰が入ってきたんですけれど?」
「あら、じゃあ解決?」
「いやそんなに簡単でもないですけれど、これですぐに困ることは……いえその前にですね」
ピヨ子が大きく息を吸い、あたしの膝から飛びあがると、そのまま両腕を天に伸ばし、大きく口を開いた。
「獣と竜ばっかりこんないい思いしてるなんてズルいです! 鳥も混ぜろですよぅ!」
元気いっぱいに叫ぶピヨ子に、あたしもルナも顔を見合わせて微笑みを浮かべる。
確かに神核を取り込んでヒナリアの顔色も感じられる生命力も格段に良くなった。
「ミーシャさん、本当にありがとうございます。わたくしたちだけでは気が付けませんでした」
「別に良いわよ、ヒナリアは当然飛び上がる意思がある。なればこそ、その背中を押してあげるのが聖女――本当に思考が持って行かれるわね」
「他に影響はないですか?」
「ええ、ルーファの時に比べたらヒナの神核は大分扱いやすいわ」
安堵したルナだったが、空に向かって叫んでいたピヨ子がクルリと体を回して、あたしに近寄ってきた。
なんだろうと首を傾げると、彼女はあたしの手を取る。
「ミーシャさん、この間も言いましたけれど、革命を起こすにしろ、覚醒に身を委ねることにしろ、それが自身を傷つけるものだけであってはいけませんからね」
「ええ、もうあんたにあんな顔させたくはないもの」
「約束ですよぅ」
ピヨ子に頷き返し、あたしは以前ルナからもらったペンダントに手を伸ばした。
以前は牙と翼という部位だけのものであったけれど、どういうわけだか今は獣と竜、そして大きく翼を広げた鳥の姿が小さいながらも精密に模られており、それがペンダントとなっていた。
「うわぁすごいことになっていますね。三柱の女神の信仰が同時に存在してもなお崩れない魂――ルーファの信仰が良い感じで接着剤となっていますね。それぞれの信仰の境をルーファの信仰で無理やりに繋げている」
「あいつも役に立つのね」
「ヒナの信仰もアヤメ姉やクオン姉みたいに格好いい必殺技にしてほしいです」
「任せなさい」
そうやってピヨ子を撫でていると、正面でシィラが小さく手を振ってきてこちらに向かって歩んできた。
「こんにちはミーシャちゃん――」
そのシィラが苦笑いを浮かべており、あたしが首を傾げると彼女はルナに目をやった。
「なんというか、あなたの周りは神の気というか、こう背筋が伸びる感じがするわぁ」
「まあルナもピヨ子もいるからね」
「……前から気になっていたのだけれど、そちらの翼の子はその、あなたの勇者と一緒にいた子よね? その方は?」
「神鳥」
説明していなかったかとシィラに見えるようにピヨ子に手を向けるのだが、そのシィラがずさぁっと土下座しながら滑り込んできて、ヒナリアに頭を下げた。
「存じ上げなかったと言え、無礼を働き申し訳ありません! 腹ぁ――」
「切らなくていいですよぅ」
「何あんたそんなにお腹切りたいの?」
「……あのねミーシャちゃん、あなたの周りには女神さまが常にいてくれているだろうけれど、普通だったらとんでもないことなのよ」
「まあヒナはあまり知名度のある女神ではないので、気にしないでくださいです」
「いえとんでもない。こうして対峙してその溢れんばかりの神の気配――」
「あっそれミーシャさんのせいですよぅ。ヒナの信者になってくれたので、信仰えげつないです」
シィラがあたしに呆れたような目を向けてきたけれど、あたしは何もやっておらず小さく欠伸を漏らす。
誰も彼も大げさだと思う。
あたしはふと、シィラにも聞きたいことがあり、彼女に向かって口を開く。
「そう言えばシィラ、ミリアは?」
「……」
しかしシィラは首を横に振った。
あのワイズの件の後からミリアの様子がおかしかった。仕事を詰めに詰め込み、眠っているのかと疑うほど目元には隈を作り、食事中でも書類とにらめっこして誰とも目を合わせない。
あたしとシィラが気にかけて話しかけても上の空で、最後には決まって力のない声で大丈夫だと呟く。
無理しているのは明らかであった。
「……この間の件が効いたみたいね」
「ミリアが気を揉む理由はないはずだけれど」
「ミーシャちゃん、あの子はね、大聖女なのよ」
「それが何? 大聖女だから献身よろしく、死ぬまで仕えろっていうの?」
シィラは顔を伏せる。
そもそもの話、ミリアはもっと別の何かに追われているような気がする。
大聖女であることにも責任を持っているようだけれど、あの子はもっと別の――。
「無理やり引っぺがそうかしら? そもそもあんな不健全な革命は起こさないほうが良いわ」
「革命?」
「……ボロボロの翼で飛び上がっても堕ちるってだけの話よ」
あたしはため息を吐くと、手元のルナとピヨ子の頭を揺らすように撫でながら空を見上げた。
少し強引でも動くべきだろう。
あの子はもう少し自分のことを知るべきだ。
「よしっ、翼の手入れに行きましょう」
「ミーシャさんはいい意味で革命を捉えてくれてヒナも嬉しいです」
「本当に相性良いんですね。革命は闘争にも似た面がありますから、当然と言えば当然ですけれど」
あたしは立ち上がると、ルナとヒナの手を取ってミリアの下に脚を進めるのだった。




