聖女ちゃんと革命の女神様
「ぐぬぅアヤメぇ」
「はいはい、こっちにいらっしゃい」
「むぅ……」
リョカの圧が世界に広がった件から数日、あたしは相変わらず聖都でのんびりしており、最近ではやっとここの聖女たちにも受け入れられたような気もする。
出会う聖女や聖騎士があたしと顔を合わせる度に脚を止め、綺麗な角度でお辞儀の挨拶をしてくるから、それに小さく手を上げて返していると、妙に静かだったルナが頬を膨らませてアヤメの名前を呼んだ。
あたしはルナを抱き上げて、およそ拗ねている月神を精いっぱい甘やかす。
そうやって撫でていると、ルナが首に手を回してきてふんわりと抱き着いてきた。
多分だけれど、アヤメに自分がやりたかったことを取られてしまったのだろう。拗ねたような、自分の無力さを痛感しているかのような自信を咎めているかのような、怒りの行き場もない故に軽くくっ付くことしかできない抱き着き方だ。
そんなルナをヒナリアが苦笑いで見ていた。
「ルナ姉、ひな鳥みたいですよぅ」
「ヒナはあなたでしょう?」
「ミーシャさんとリョカさんの前だと幼児退行してるですよぅ」
「そ、そんなことありませんよ。それに今回のことは別に甘えているわけでは……リョカさんはわたくしの信者なのに、アヤメったらあんなに」
ぶすっと頬を大きく膨らませるルナを、ピヨ子はあたしの足元から、抱っこされているルナの頭までをジッと流すように見つめた。
「ルナ姉はそのアヤメ姉の信者を随分と堪能してるみたいですよ?」
「み、ミーシャさんの抱っこはあったかいんですっ」
「ピヨ子も抱っこする?」
「あとでお願いしま~す」
「そう」
しかし今の話を聞く限り、アヤメが随分とリョカに寄り添っているそうだ。あの子は何だかんだ気も回るし、あんなことになったリョカを心配してのことでしょう。
むしろそういう状態でルナはあまり適していない。
この子はリョカと同じで、傷ついた人に対して甘やかすことしかできない。
どちらが良いというわけではないけれど、ルナの場合は自力で立つ力の一助になるというだけだ。
今回のことに関して言えば、リョカの歪なところを自覚させての発破だからアヤメの方が向いているだろう。
そうやって幼馴染に想いを馳せていると、ピヨ子が小さく笑っていた。
「まあヒナは今のルナ姉も好きですから、別にからかっているとかではないですよ。ただもうちょっと早かったらよかったなって」
「……あなたは昔から一言多いんですよ」
「ヒナ流の場を和ませる戦略です」
呆れるルナに、どこか大人っぽい笑みを浮かべるピヨ子――この子も随分と不思議な在り方をしている。
神鳥・ヒナリア――革命と覚醒を司る神の鳥。背中から生えた真っ白な翼は女神らしく美しく、毟って布団に入れたら最高級の羽毛布団が出来上がるだろう。
そんな存在感のある翼なんて生やしているくせに、この子は時折ひどく曖昧になる。
その理由は多分――。
「ん~? ミーシャさんどうしたです?」
「ヒナリア、核出しなさい」
「え?」
「良いからこっちに出しなさい」
「え~っと」
ルナが首を傾げている。
この三女世代、ヴィヴィラもそうだけれど、その長女であるヒナリアが一番顕著だ。
ルナどころかアヤメですらその認識を持っていない。
女神たちはそれを知っているのに、誰も言及しない。つまりヒナリアは革命を成したのだろう。
「ヒナ、あんたは革命を起こしたのね。いつからか知らないけれど、あんたは革命を成した。ヴィヴィラみたいな根底から変える権能じゃないわね」
「えっとミーシャさん、一体何のことですか? ヒナリアは革命なんて……そもそもこの子の権能は――権能は……?」
困惑したように頻りに首を傾げるルナを横目に、あたしはジッとヒナリアを見つめる。
そもそもどの女神もこの子が初めてあたしたちの前に姿を現した時に言っていた。
誰も知らない女神。
「……あ~、そういえば私、ミーシャさんに殴られてたですね。その時に壊れちゃいましたか」
「ヒナリア、どういうことです?」
苦笑いで顔を逸らすヒナリアに、あたしの腕から降りたルナが詰め寄るのだけれど、何も口を開かないことにしびれを切らしたのか、月神はあたしに目をくれる。
「予想でしかないけれど、あんたの権能はリョカ風に言うならば認識改変――成した革命を誰もの常識にするもの。ルーファと違って変換ではなくそれを当たり前にするもの」
「……」
「それは、あれ、でも――」
「ルナ、あんたが言ったんでしょ? 女神は存在する力が信仰だって。じゃあ誰も知らないはずのこの神鳥は、一体どこに存在しているのかしらね」
「――っ!」
ルナが勢いよくヒナリアの肩を掴み、強張った空気感で神鳥に向かって口を開こうと何度も開閉させている。
「あたしが知っているもう1人は知らないけれど、あんたたち三女は頼らずに自分で解決しようとし過ぎよ。そうなる前に信者くらい集めておきなさい」
「……だって」
「だってじゃありません! あなたもしかして、信仰がなくても生きていけるなんて常識に……いえ、それだとわたくしたちにも適応されてしまいますね」
「……ヒナがなした革命は、ヒナならどんなことがあっても生きていけるっていう革命です。ピヨピヨひな鳥から立派な翼を広げたから、この子はもう大丈夫、1人で生きていけるって言う信用に革命を起こしました」
力なく笑うヒナリアに、ルナは手を振り上げたのだが、すぐに歯を噛みしめ手を震わせながらその腕を下ろした。
「……ミーシャさん、わたくしが許します。ヒナリアから――」
ルナが口を開き、それを告げたと同時に耳に響くもう1つの怒声。
「神核を取り出してください」
『奪い取っちまえミーシャ! ヒナこの馬鹿たれ!』
アヤメとルナの両方からの声に、ヒナリアはシュンと顔を伏せた。
あたしはそっとヒナリアの頭に手を伸ばすと、軽く拳骨を落とした。
「あぅ」
「あんたのことはあたしとクレインでなんとかするわ。ちゃんとクレインにも話しなさい、良いわね?」
「……はい」
ひどく落ち込んでしまったヒナリアに、あたしはため息を吐くと彼女を抱き上げて床に腰を下ろし、彼女を膝の上に乗せる。
フワフワの羽を撫でながら、ルナ用にとリョカに持たされていた櫛を取り出し、ヒナリアの髪を梳かしていく。
「神核、持って行くわよ」
「……あぅ、お手数おかけします」
あたしは『施しの慈愛』を使用し、ヒナリアから神核を取り出すとそれを体に吸収させる。
どんな感じになるだろうと少し不安がないこともないが……。
あたしはジッとヒナリアを見つめ、肩を竦ませる。
「あんたにだったら迷惑かけられてもいいわよ。この間あたしとジンギを心配してくれたお礼よ」
されるがままに縮こまっているヒナリアがちょんとあたしにふり返り、リョカが好みそうな可愛らしくはにかんだのだった。




