赤姫と本物の勇者
ワイズ=スピアード、こいつは魔王を憎んでいる。
それ自体は別にいい、魔王は世界にとっての敵だ。恐れる気持ちも殺したくなる気持ちも誰もが持っていていい。
それに関してあたしは何も文句はない。
この男は勇者として優秀だ、いくつもの魔王を倒してきた実績があるし、彼の言葉には少なからず他人を引き寄せる力がある。
それゆえにこの男は聖都を守る勇者としてここにやってきたのだ。
「ああ赤姫、お前はやはり好かんな。聖女どもを守っているつもりだろうが、お前からこびりついた血の匂いは消えていないんだ」
「あらワイズ、あたしはシィラよ。聖女のシィラ――それ以外の名で呼ばれる予定は今後一切ないわ」
ワイズから放たれるいくつかの剣を躱して距離を取り、あたしは法衣の袖口に口を寄せ、腕に巻いていた赤い布を引っ張り出す。
「『騒がし兎の絢爛残響』」
赤い布を口に咥えながら広げ、流し目気味にワイズに目をやりながら布に体を覆わせて彼からの視線を切る。
ワイズを含めた勇者と聖騎士、それらすべてが赤い布から意識を外せなくなる。
一瞬だけ――本当に一瞬の意識の強奪だ。
全員が赤い布から目が離せなくなったその刹那の時――あたしは駆け出し、ワイズの背後に回り、彼の首に短剣を奔らせ――。
「だろうな。お前はそこを狙う」
「――っ」
首に添えていた短剣を持つ手に激痛が走り、あたしは苦々しい顔で飛退き、忌々しげにワイズを睨みつける。
「お前の気配なぞ追う必要はない。来るとわかっているのならそこにあらかじめ剣を立てているだけでいい」
「……あんた、そんなに気の利く男だったかしら?」
魔狩りの勇者・ワイズ=スピアードの聖剣。
手に奔った傷から、あたしは奥歯を噛みしめる。
痛みによる苦痛ではない。その傷からあたしの頭に、心に土足で踏み荒らされるような感覚――思い出したくもないあれやこれや。
あたしは息を荒げ、何とかその光景を振り払おうとするのだけれど、染みついた汚れは中々落ちないのか、呼吸だけがどんどん荒くなる。
「赤姫、お前はこの聖都に必要ない。邪魔にしかならん」
「……あら、それならあたしはここではそれなりに正しいことが出来ていたわけね。あんたたちみたいな阿呆に嫌がられるなんて、もうそれが証明みたいなものでしょう」
「減らず口を叩くだけの気力は残っているか。だが終わりだ、あの飾りには俺から言っておこう。では死ね――」
ああクソ――まだミリアの傍を離れるわけにはいかない。あの子はまだまだ知らなければならないことがある。
ちゃんと自分で立てるようになるまで見ていなくちゃいけないのに。こんなところで終わるわけにはいかないのに。
そんなことを考えて、最悪な気分の記憶を見せつけられながら、ワイズが振るう聖剣をその目に捉えていた。
せめて、もっと日の当たる場所で死にたかったわね。そんな諦めが頭に浮かんだその瞬間、あたしの肌はその熱を感じ取った。
「『熱烈峻厳』」
「あっつ――なにが」
「『急速発進』」
突然ワイズが腕を抱えたのと同時に、まるで風のように影のような――否、眩いばかりの本物の光が二条。
その光がワイズの顎、そして人には見えない四足歩行の影らしきものが彼の体中を切り裂き、ワイズの体から血が噴き出すその光景をあたしは見ることもせず、その立ち去った2人があたしに向かって後ろ手を振りながら教会の奥に進むさまを呆然と見ていた。
「……あれが学生。格が違うってこういうことを言うのねぇ」
あたし以外の誰にも悟られることなく、まるで光が進むかのように魔狩りの勇者を一瞬で再起不能にしたケダモノの従者。
あたしは小さく彼らに頭を下げると、血まみれの体を地に伏せたワイズに呆れたような目を向け、この場の収集を始めるのだった。




