第三十八話「秋」
僕たちが数日間過ごすことになった隠れ家は、土でできているように見える。実際、土なのか、土ではなく別のトランプ界特有の物質なのかはわからなかった。高さは二メートルほどだろうか、トランプの背高よりは低くて、百八十センチの僕になら簡単に触れる。試しに触ってみると、冷たくて土のような物質がポロッ、と落ちてきた。
「簡単に掘っただけの隠れ家だ。無暗に触ると危険だよ」どらごんが言った。
しかしどらごんは僕の方ではなく子供たちの方を向いていた。見ると優貴ともう一人の小学生、寛太郎が壁をパンチして遊んでいたようだ。どらごんの”危険”という言葉に怖くなったのか、壁パンチはやめたようだった。
確かに彼らがいた場所には、粉々の土がたくさん積もっていた。あのまま続けられていたら、本当に”危険”だったかもしれない。
どらごんはまた一人でぶつぶつと独り言を言いながら考え込んでいるようだった。何か知りたいけど、あまり邪魔をするのも悪い気がする。実際、訊いたとしてもまた意味の分からない妄想話を聞かされるだけだろう。
僕は杏琉の元へ行くことにした。少なくとも彼女は一人で博士ぶった考え事はしていなさそうだし、たまに話が通じないマツと話すのも、今だけは面倒くさい。
近寄ると、杏琉が上目遣いで僕を見上げた。とても可愛い。
「こ、こんにちは」
実はまだ話したことがなかった。何を言えばいいか分からず、取り敢えず日本語の基本の挨拶である”こんにちは”を言った。僕はまだ杏琉のことを何も分かってはいない。
「こんにちは……? でも、昼じゃないよ?」
「あ、そうだね。こんばんはかな?」
「うん! こんばんは。えっと……」
杏琉が何かを思い出そうとしているのか、焦っているのか、困った顔をしている。しかし思いつかなかったのか、困るのをやめて僕を見た。
「な、名前、なんですか?」
そうか。そういえば誰も僕のことを名前で呼ばない。マツもどらごんも僕のことをお兄ちゃん呼ばわりする。他の人たちとはまだちょっとした自己紹介しかしていないし、杏琉がそれを絶対聞いていたという可能性も零に近い。
「竹秋だよ。難しかったら秋でいい。友達がそう呼んでたから」
「あ、秋……さん」
「敬語じゃなくていいよ! じゃあ、僕は杏琉ちゃんって呼んだらいい?」
「うん」
良かった。取り敢えず変な人とは思われていない。しかもあだ名で呼んでもらえるのはすごく嬉しい。何せ、友達は友達でも仲の良い数人だけしか僕の事を秋と呼んでいなかったのだ。でもまだ、杏琉のことは何も分からない。すぐに仲良くなれたら良いんだが。




