第三十二話「オオヤマネコ」
「嬢ちゃん、久しぶり。でも嬢ちゃんを街で見るなんて初めてだなぁ。どうしたの?」
敬語なのは、シャルルに対してだけなのだろうか。それにしても、初めてお喋りなトランプをじっくり見たけれど、マークがジョーカーだ。
「友達が家出して……」
「そっかぁ、大変だね。とりあえず家においでよ」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん! 俺は暇だからさ」
そう言うと、私の肩に手を置き、すぐ近くの四角い家へ入った。家の中は豪華で、とても清潔だった。
「す、すごい……」
「えぇっ、何が?! こんなの普通の部屋だよっ」
そう言い、屈託のない笑顔を向けた。そして、私の頭を撫でた。あまり頭を撫でられたことがなかったので、照れてしまった。
「可愛いね。そういえば、名前聞いてなかったなぁ?」
「あ、こ、小竹です……」
「小竹かぁ。可愛いじゃん。てか、ですますじゃなくていんだよ?」
「あ、はい……」
なんだろう、この感じ。優しくて、いい部屋で、いい気分なはずなのに、むずむずする。こういう馴れ馴れしい性格の人に慣れてないのかもしれない。
気が付けば、彼の腕に抱き寄せられている。これもトランプの接し方なのかもしれない。
「俺の名前、教えてあげる。耳貸して」
そして、私の顎をゆっくりと引き寄せ、耳元に彼の吐息が聞こえる距離となった。そして、囁くような声で、その名を言った。ぞくっ、と来た。オオヤマネコ。
「内緒だからねっ?」
言いながら、右手の人差し指を私の口元に立てる。私は戸惑い、彼の顔を見た。
「可愛いっ」
未だにこの感情が分からない。心臓がバクバクする。ライオンに気付いた鹿のように。
「ね、小竹、また来たい時にいつでもここにおいで」
「あ、うん……」
でも、何故だろう。すごく安心する。このトランプなら信頼できそうな気がする。何故だろう。
「でも」
一瞬、彼の目が光った。……と思ったが、気のせいだったようだ。優しい笑顔で見つめられ、さっきより距離がなんとなく近い。
「まだ行かないで?」
そう言い、ぎゅっ、とハグをした。トランプは、暖かかった。私は何をしたらいいか分からず、じっと動かずにそれを受け止めた。




