第十三話「罠」
「よくぞ連れてきてくれたものだ。ごくろう」
その声には、少し思い当たる節があったものの、聞いた覚えがないようで違和感があった。すると、手を置いていた肩が落ちるとともに、ばたりという音を立てた。瞬時に僕は座り込みマツに声をかけたが、彼は意識不明の状態となっていたようだった。
「マツに、何をした」
「マツ? 何のことだ」
「この少年のことだよ、見えない……」
の、と言いかけて僕は困惑した。傍に倒れていたはずの少年マツは、僕が少し手を離した隙にいなくなっていた。当然のことながら、この闇黒の空間では視覚は全く機能しておらず、マツどころか、話し相手が誰かも分らっていなかった。
双方とも口を噤んでいる。何かが起こるはずなのに、何も、起こらない。不気味な沈黙が僕達の周りをすっかりと包み込んだ。
五感のうち二つが遮断されている。その時僕の脳裏に考えが浮かんだ。……そういえば、この世界に”匂い”というものはないのだろうか?
いや、あった。確かにある。その匂いは……煙だった。その煙たい匂いは、吸う度に濃くなってゆく。すごく不安になった。もしかして、火事なんじゃないか。
煙のせいで少し咳をすると、それに応じるように先ほどの話し相手が言った。
「あ、すまないね。ここ、喫煙じゃなかったかね?」
「えっ」
「君もいるかい」
「いえ、結構です……が……」
僕は言葉を失ってしまった。この人は一体何を考えているんだろう。僕のことを、誰だと思っているんだろう。いや、待てよ。僕には相手が見えない。ならば、相手にも僕は見えていないはずだ。それに、煙草を勧めてくるなんて、仲間だと思っているのかもしれない。
「あの、今何を待っているんでしたっけ」
「え? もうすぐなはずだよ、処刑部隊たちは。君にはまだ言ってなかったかい? 何せ人間の双子がやってきてしまったらしいからねえ。物騒な世の中になってしまったもんだよ。だからやっと捕まえられたんだ。君は、黙っておくんだよ? 全部、僕がやったんだから。警備員は無関係としておくよ」
やっぱり、罠だったんだ……。でも、どうしてマツが倒れてしまったのだろう。あれこれと考えていると、コツコツと遠くから数人の足音が聞こえてきた。
「おっ、来たね来たね。僕の時代の始まりかな」
そう言って、煙草を磨り潰した。




