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灯台守の娘  作者: よしお


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影の正体

「玄三さんのご遺体を、もう検められましたか」


 暁人が葛西に訊いた。葛西は太い眉を寄せた。


「ああ。——それが、妙でしてね」彼は低く言った。「我々が遺体を見たのは、夜明けだ。だが、死後硬直も、体の冷え方も、それにしては進みすぎている。正式な検視はこれからだが——あの様子では、玄三さんが亡くなったのは発見の四時間も五時間も前だ。下手をすれば、もっと」


 広間が、ざわめいた。


「発見は、午前零時半ごろです」暁人が言った。「その四時間も五時間も前。——つまり、玄三さんが死んだのは深夜などではない。日が暮れて、晩餐が済み、私たちがこの館に閉じ込められた、その前後。夜の八時ごろだ」


 夜の八時。私は息を呑んだ。玄三が広間を出て、灯のそばへ向かったあの時刻ではないか。


「待ってください」私は思わず言った。「でも、私たちはひと晩じゅう玄三さんを見ていました。灯室で動いている影を。零時過ぎまで、ずっと。生きて、動いていたんです」


「その影こそが、仕掛けだったのです」暁人は静かに言った。「真壁さん。あなたがいちばん最初にその違和感に気づいていた。覚えていますか。あの影の動きが、十五秒ごとに、寸分違わず同じだったことを」


 覚えていた。最上階の窓から見た、あの影。機械のように、同じ向きに、同じ速さで、同じ形に。一度として違わなかった、あの反復。


「灯台の灯の仕組みを、思い出してください」暁人は続けた。「灯室の真ん中で、光源がずっと点いている。回っているのは、その周りの大きなレンズだ。レンズが一周するたび、束ねた光がこちらを向いてぱっと閃く。十五秒に一度。——口で言うより、お見せしましょう」


 彼は卓の上の燭台を引き寄せ、火を入れた。薄暗い広間の隅で、小さな炎がぽっと点った。「これを、灯室の光源だと思ってください。塔のてっぺんで、夜どおし点きっぱなしのあの灯です」


 彼は卓上から小さな塩の壜を取り、燭台のすぐそばに立てた。「これが、光源の前に据えられた、何か——かりに人のかたちのものとします。そして」彼は、手帳の一枚を破って筒の形に丸め、片側に細い切れ込みを入れた。それを炎と壜を囲むように立てて、ゆっくりと回しはじめた。「これが、光源のまわりを回る、大きなレンズだ」


 紙の筒が回るたび、切れ込みから漏れた光がひとすじ、壁を撫でていく。そして、その光の帯の中を、塩の壜の影がすうっと横切った。筒が一周するたびに、同じ向きに、同じ形に、同じ速さで。


 私は、息を呑んだ。


「見えますか」暁人は手を止めずに言った。「動いているのは、この紙——レンズのほうです。壜は、ただそこに立っているだけだ。指一本、動いていない。なのに、壁の影はレンズが回るたびに走る。十五秒ごとに、寸分違わぬ同じ姿で。——ひと晩じゅう、私たちが灯室に見ていた、あの『動く玄三』。あれも、これと同じ、からくりだったのです」


 私の中で、ひと晩じゅうのあの影が、ぐらりと裏返った。


「玄三さんは、灯室で立って動いていたのではない」暁人は言った。「光源とレンズのあいだに据えられていた。——死体として。背に添え木をあてがわれ、椅子に縛りつけられて、まっすぐ前を向くように。私たちがひと晩じゅう『生きている』と思って見ていたあの影は、回るレンズが運んだ、死体の影だったのです」


 葛西が、低く唸った。「……そんなことが」


「人が歩けば、歩幅も姿勢も、毎回わずかに違う」暁人は言った。「肩を落としたり、向きを変えたり、立ち止まったり。生きた体の動きには、必ずその不規則さがある。けれど、あの影には、それがなかった。一度も。十五秒ごとに、判で押したように同じだった。——人の動きが、灯台の回転と寸分の狂いもなく揃う。そんなことはありえない。あの影は、はじめから灯の回転に従っていた。人ではなく、機械の一部だったからです。そして——」


 彼は、葛西を見た。


「あなた方の検視が、それを裏づける。玄三さんは、零時過ぎまで生きてなどいなかった。夜の八時には、もう事切れていた。——あの影に、生死を惑わされていただけで」


 広間は、しんとなっていた。誰も口をきかなかった。ひと晩じゅう私たちを見下ろし、降りてこないと恨み、塔の上の黒幕かと恐れた、あの玄三。その正体が、いま明るみに出ていた。据えられた、死体。回る光に、生きているように見せかけられた、亡骸。


「では」と、葛西がゆっくりと言った。何かを組み替えるように。「玄三さんが、夜の八時に死んでいたなら——」


「玄三さんは、犯人ではありえません」暁人が、その先を引き取った。「柚原さんが死んだのは、九時。鵜飼さんは、十一時近く。玄三さんは、そのずっと前に死んでいた。死んだ人間に、人は殺せない。——玄三さんが共犯者を始末してまわり、最後に自分も、という筋は、これで消えます。玄三さんは、黒幕ではなかった。いちばん最初に消された人だ。七番——唄のいちばん最後に据えられた灯の主が、ほんとうは、いちばん最初の獲物だったのです」


 いちばん最初の、獲物。私は、あの底の見えない目をした老人を思った。すべての糸を握る黒幕だと、何度も疑った、あの玄三が。ほんとうは、誰よりも早く、この夜の最初に殺されていた。


「それに、もう一つ」暁人は言った。「鵜飼さんは、機構室へ呼ばれて死にました。玄三さんが、灯の不調を見てほしいと言っている、と。——けれど、その伝言が告げられたのは、夜の十一時近く。玄三さんは、とうに死んでいた。死んだ玄三さんが、鵜飼さんを呼べるはずがない。あの伝言は、玄三さんの名を騙った、別の誰かの口から出たものです」


 私はぞくりとした。あの夜、真琴が鵜飼に耳打ちした。玄三様が、と。——けれど、玄三はもう死んでいた。真琴の言葉が、私の頭の中で、別の色を帯びはじめた。けれど私は、それをまだ口にしなかった。


「整理しましょう」暁人は広間を見回した。「玄三さんは、夜の八時、灯室で殺された。犯人はその死体を、光源とレンズのあいだに据え、影の仕掛けを組んだ。そうして、玄三さんが零時過ぎまで『生きている』ように見せかけた。——その間に、柚原さんを殺し、鵜飼さんの仕掛けを組み、玄三さんの名を騙って鵜飼さんを呼び出した。私たちはひと晩じゅう、塔の上の死体に、生きていると欺かれ、犯行の時刻をすべて見誤らされていたのです」


「……アリバイが」葛西が低く言った。「全部、崩れる」


「ええ」暁人はうなずいた。「『玄三が零時過ぎまで生きていた』という、その一点を土台にして、私たちはこの夜のすべての時刻を数えていた。その土台が、嘘だった。——では、本物の時刻で組み直してみましょう。犯人にとっていちばん大事だったのは、夜の八時。玄三さんを殺し、死体を据え、影を仕掛けた、その時間です。あのとき私たちは、晩餐を終えてめいめいに散っていた。誰がどこにいたか、確かめようがない。——そして、その時刻に灯室へ上がり、灯台の光と機構を意のままに使い、死体を据えることのできた者は限られています」


 彼は、そこで言葉を切った。広間の、誰の顔も見なかった。けれど、その沈黙が、一つの場所を指しているように、私には思えた。


「灯室と機構室に、出入りできる者」暁人は静かに言った。「灯台の光と機構を知り尽くしている者。その二つの場所の鍵を持つ者。——玄三さんを灯のそばまで送っていき、最後に、そのかたわらにいた者」


 鍵を持つ者。灯のそばまで送っていった者。——私の中で、またあの像がくっきりと輪郭を結んだ。私は思わず広間の隅を見た。そこに、静かに控える、一人の女を。


 けれど、暁人は、その名を呼ばなかった。


「ですが」彼は言った。「ここで名を挙げるのは、まだ早い。機会があった、というだけでは足りない。——なぜその者が、二十年前の罪人たちを、唄のとおりに葬らねばならなかったのか。その動機の根を見ないかぎり。そして、その者が、本当に何者なのか。——それを確かめるには、もう一つ、たどるべき糸があります」


「糸、とは」と、私は訊いた。


「最初の、一通の手紙です」暁人は言った。「真壁さん。あなたのもとに、すべての始まりを告げた、あの差出人のない手紙。——あれが、どこから来たのか。それを、たどらなければ」


 すべての始まりの手紙。差出人のない、あの一行。二十年前の死は殺人だと告げた、あの便箋。私はそれを、鞄の底にまだ持っていた。長い旅のいちばん最初に、私をこの岬へ呼び寄せた、たった一枚の紙を。


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