偽りの解決
夜明けは、いつのまにか訪れていた。
気づくと、雨の音が止んでいた。あれほど館を揺さぶっていた風も、嘘のように凪いでいた。広間の窓が、灰色から淡い乳色へとゆっくり明けていく。私たちは誰も口をきかないまま、その光が満ちていくのを見ていた。長い夜が終わったのだった。海の彼方へ、嵐は去っていた。
灯台の灯は、夜明けとともにふっと消えた。日が昇れば、機械が自動で灯を落とす。死んだ主を抱いたまま、ひと晩じゅう回り続けた光が、朝の訪れに、何ごともなかったかのように役目を終えた。回るレンズだけが、もう照らすもののない空虚を、なお律儀に巡っていた。
夜が明けてまもなく、崩れた一本道の向こうに、人の声がした。
岬の集落の者が館の異変に気づき、本土に報せたのだという。潮が引き、道の冠水も収まって、ようやく人が渡れるようになっていた。やがて何台もの車が、岬の鼻へと連なってきた。警察だった。長い夜のあいだ私たちを世界から切り離していた孤立が、こうしてあっけなく解けた。
館は、たちまち別の場所に変わった。
制服の警官が出入りし、廊下に縄が張られ、写真の閃光が、書斎の焼け跡を、機構室の暗がりを、灯室の死体を、容赦なく照らした。ひと晩、私たちだけのものだった惨劇が、いまや調書と証拠物件の対象になっていた。三つの遺体が運び出されていく。柚原。鵜飼。そして玄三。私はその担架の列を、ただ見送るしかなかった。
県警から来た刑事の中で、葛西という年かさの男が、捜査を仕切っていた。
白髪まじりの、頑丈そうな体つきの男だった。眠そうな目をしていたが、その目は、聞き取りのあいだ一度も相手から離れなかった。彼は私たち一人一人から、夜の出来事を根気よく聞き取っていった。私は知っていることを、できるかぎり話した。差出人のない手紙のこと。二十年前の、灯台守の娘の死。各地で続いた、関係者の不審な死。そしてこの館で、唄のとおりに葬られた四つの命。
葛西は、手帳に何も書かず、ただ聞いていた。やがて低く言った。
「整理させてください」彼は太い指を折った。「二十年前、この岬で、灯台守の娘さんが亡くなった。事故とされている。その当時この土地で力を持っていた人たち——燈屋玄三、網代権左、室戸壮一、柚原慎、鵜飼丈太郎、そして玄三さんの妹の史奈さん。その人たちが、ここ最近、次々と亡くなっている。網代さんが崖から。室戸さんが海で。そしてこの館で、三人」
「ええ」と私は言った。
「あなたは、それを二十年前の何かの口封じだと考えている」葛西の眠そうな目が、私を見た。「告発状が来た。二十年前の死は殺人だと。それを誰かが、いま清算している。——筋はわかります。わからないのは、誰が、です」
彼はゆっくりと広間を見回した。生き残った五人。私。暁人。保科。史奈。そして、隅に控える真琴。その目が一人ずつをなめるように通り過ぎ、やがて、一人の上で止まった。
史奈だった。
史奈はその視線に気づくと、びくりと肩を震わせた。眼鏡の奥の目が、落ち着きなく泳いだ。
「燈屋史奈さん」葛西は穏やかに言った。穏やかさが、かえって恐ろしかった。「あなたは、二十年前のこと、よくご存じだ。燈屋家の経理を、長く一人で握ってこられた。——亡くなった皆さんと、あなたとは、古いお仲間だそうですね」
「……仲間なんかじゃ、ありません」史奈の声が上ずった。「私は、兄に言われて帳面をつけていただけです。何も知りません」
「ですが、こうして皆さんが亡くなって」葛西は言葉を選ぶように言った。「二十年前のことを知っている人が、一人また一人といなくなった。——いま、その秘密を知る者で生きておられるのは、史奈さん、あなただけだ。違いますか」
広間が、しんとなった。
私は息を呑んだ。葛西の言うことは、容赦なく的を射ていた。網代も、室戸も、柚原も、鵜飼も、玄三も死んだ。二十年前の罪を分け合った者で、いま息をしているのは史奈ただ一人。仲間が消えるたびに、その秘密を独り占めにできる者。いちばん得をするのは誰か。その問いは、まっすぐにこの痩せた女を指していた。
「待って」史奈が椅子から腰を浮かせた。「待ってください。あたしが、みんなを殺したっていうの。冗談じゃない。あたしは、ずっと怯えていたのよ。次は自分かもしれないって。震えて、夜も眠れなくて——」
「怯えておられた」葛西は静かに繰り返した。「ええ、いまも震えておられる。それは見てのとおりだ。——ですが史奈さん。ゆうべ、この館でずっとあなたと一緒だった方々から、伺いました。あなたは仲間が亡くなるたび、怯えながらも、どこか、ほっとしているように見えた、と。一人ならず、そう感じておられた。——私は長くこの仕事をしています。ただの怯えと、怯えの裏で別の何かが動いている人の違いは、わかるつもりです。皆さんの言うあなたのそれは、ただ次を恐れるだけの震えではなかったようですな」
史奈の顔から血の気が引いた。私ははっとした。あの昏い安堵。私も何度か、見た気がしていた。仲間の死に震えながら、その奥でちらりとよぎる、別の色。長いあいだ自分を縛ってきたものが消えていくことへの、うまく言えない安らぎ。——その一点を、私も、聞かれるまま葛西に話していた。葛西は、私たちの証言からそれをすくい上げ、こう読んだのだ。自分が殺しているからこそ滲む、余裕の色だ、と。
「ちがう」史奈は首を振った。「ちがう、ちがう。あれは……あれは、そんな——」
史奈は言葉に詰まった。自分の中のその安堵を、説明できなかった。怯えていたのに、なぜほっとしていたのか。それを自分でも、うまく言えないのだった。言えないことが、いっそう彼女を追い詰めた。
「あなたは動ける」葛西はたたみかけなかった。ただ静かに、事実を並べていった。「ご高齢の玄三さんと違って、自由が利く。網代さんの崖にも、室戸さんの海にも、行こうと思えば行けた。この館でも、火の出たとき、皆がばらばらだった。鵜飼さんが消えたときも。——あなたには、できたんです。動機も、機会も。私が見るかぎり、この館でいちばん筋が通るのは、あなたなんですよ。史奈さん」
史奈はもう言い返さなかった。両手で顔を覆い、椅子に崩れ落ちた。その肩が激しく震えていた。否認の言葉も尽きていた。状況のすべてが、この女ひとりに覆いかぶさっていた。
私はその光景を、なかば呆然と見ていた。
葛西の組み立ては、隙がなかった。動機がある。機会があった。態度も、それを裏づけるように見える。生き残った、ただ一人の共犯者。——もし何も知らずにこの館へ来たのなら、私も納得したかもしれなかった。史奈が犯人だ、と。それですべて、おさまりがつく、と。
けれど、私の中には、おさまりのつかないものが残っていた。
唄だ。あのわらべ唄。岬で育った者しか完全には知らないという、あの数え唄。史奈は燈屋家の人間だ。雇い主の側の。岬の子供の遊び唄を、骨の髄まで知っている人間だろうか。そして、灯室のあの回る灯の仕掛け。重錘を落とす、時計仕掛けの密室。経理の帳面しか触ってこなかったこの女に、あんな、灯台の機構を知り尽くした犯行ができたのだろうか。
ゆうべ、暁人は言った。犯人は双子の妹だ、と。唄に自分の名を刻んだ者。——史奈は、双子ではない。
それに——あの安堵のことが、私の中に残った。葛西は、史奈の安らぎを、人を殺してきた者の余裕と読んだ。けれど、崩れ落ちるこの女を見ていると、まるで逆の説明が頭に浮かんでくるのだった。捕まれば、もう殺されない。唄のとおりに自分を屠りに来る手は、署の壁の内側までは届かない。ひと晩じゅう次は自分かと怯え続けた、あの恐怖から、この女はようやく逃れられる。——史奈の安堵は、殺してきた者の余裕ではなく、殺される側がやっと安全な場所にたどり着いた、その安堵なのではないか。だとすれば葛西の読みは、根のところで逆さまだった。けれど私は、それをまだ口にできなかった。これも、確かめてもいないことを組み立てる、あの癖かもしれない。それに、いま何を言ったところで、この流れは止まりそうになかった。
私は暁人を見た。
彼は広間の隅で、黙って立っていた。その顔に、葛西の推理を喜ぶ色も、否定する色もなかった。ただ、深く沈んだ目で、崩れ落ちた史奈を静かに見ていた。何かをこらえているような目だった。言うべきか、まだ言わざるべきか。その瀬戸際で踏みとどまっているような。
「東雲さん、でしたか」葛西が、その暁人に目を向けた。「あなたは、建物や灯台にお詳しいとか。——何か、ご意見でも」
暁人は、しばらく答えなかった。やがて低く口を開いた。
「一つだけ、お訊きしたいことが」彼は言った。「史奈さんが犯人だとして。——あの灯室の、玄三さんの『動く影』を、史奈さんはどうやって作ったのでしょう。あれは、灯台の光とレンズの回転を知り尽くした者にしか組めない仕掛けです。経理を握ってきた史奈さんに、あれができたとお考えですか」
葛西の眠そうな目が、わずかに細くなった。
「……それは、これから調べます」彼は言った。「素人の思いつきで、できたのかもしれん。あるいは、誰かに手伝わせたのかもしれん。細かいことは署で、じっくり伺います。——どのみち、筋が通るのは、この人だ」
筋が通る。私はその言葉を、頭の中で繰り返した。たしかに筋は通っていた。あまりにも、きれいに。けれど、きれいすぎる筋は、ときに、いちばん大事なものを外側へ弾き出してしまう。唄を。灯を。そして——まだ誰も名を呼んでいない、もう一人を。
史奈が、両手で顔を覆ったまま、警官に支えられて立ち上がった。連れていかれるのだ、署へ。第一の答えが出た。生き残った、ただ一人の共犯者。誰もが、それで納得しかけていた。
けれど暁人は、まだその隅に立っていた。納得していない、ただ一人の男として。その横顔を見て、私は思った。終わったのは、ひとつの幕にすぎないのではないか。本当の答えは、まだ、この館のどこかで、声になるのを待っているのではないか。




