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灯台守の娘  作者: よしお


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七つを数えて

 七つ。その数が、頭から離れなくなっていた。


 暁人も、同じ数を数えていたらしい。彼はいつのまにかノートの一頁を開いて、何かを書きつけていた。私が覗くと、それはあの数え唄だった。一番から七番まで、結びの一行まで、記憶だけで正しく書き出している。岬で育ってもいない男が。何度も人の口から聞き、書きとめ、諳んじてしまうほど、この唄を検めてきたのだ。


  一つとせ 日の暮れに 岬の鼻で 灯を灯す

  二つとせ 双子の鴎が 沖を見て鳴く

  三つとせ 岬の娘は 崖で手を振る 船に振る

  四つとせ 夜の潮は 深く深く みな眠る

  五つとせ 灯は赤々と 燃え立ちて 夜を照らす

  六つとせ むかしの重し するすると 降りてくる

  七つとせ 灯の主は ぐるりぐるりと 夜を守る

       数えて七つ 灯消えて 朝が来る


 暁人は、その節を、指で順になぞっていった。


「数えてみましょう」彼は低く言った。「この唄のとおりに、人が死んだ。三つめから」


 三番。岬の娘は崖で手を振る、船に振る。——網代権左。崖から落ちて死んだ。


 四番。夜の潮は深く深く、みな眠る。——室戸壮一。夜の海に沈んで死んだ。


 五番。灯は赤々と燃え立ちて、夜を照らす。——柚原慎。焔の中で焼けて死んだ。


 六番。むかしの重し、するすると降りてくる。——鵜飼丈太郎。落ちてきた錘の下で死んだ。


 七番。灯の主は、ぐるりぐるりと夜を守る。——燈屋玄三。回る灯の中で、死んでいた。


「五つだ」暁人は言った。「三番から七番まで。五つの死が、唄のとおりに、寸分たがわず並んでいる。一つの間違いもなく」


 私は背筋が冷たくなった。五つの死が、子供の遊び唄の後ろの五節に、きれいに収まっている。偶然のはずがなかった。犯人はこの唄を設計図にして、人を殺した。唄の順に。唄のかたちに。


「では」と私は言った。「一番と、二番は」


 暁人の指が、唄の上のほうへ戻っていった。


「一番は、わかります」彼は言った。「日の暮れに灯を灯す。これは死ではない。この唄のはじまりだ。岬に灯がともって、一日が——いや、この唄が、はじまる。幕開けの一節です。死の様式ではなく、舞台に灯がつく、その合図だ」


 なるほど、と私は思った。一番は導入。灯がともって唄が始まり、三番からの死が続く。筋は通っている。


 けれど。


「二番が、残ります」暁人は言った。その声が低くなった。


 二番。双子の鴎が、沖を見て鳴く。


「おかしいのです」暁人はその一節をじっと見つめていた。「一番は、はじまり。三番から七番は、五つの死。すべてに、収まる場所がある。なのに、二番だけが、どこにも収まらない。双子の鴎が、沖を見て鳴く。死でもない。罪人でもない。ただ、のどかな岬の情景だ。なぜ、これだけが、ここに、ぽつんと残っているのか」


 私はその一節を見た。双子の鴎。確かに、ほかの節とは色が違った。崖も、潮も、焔も、重しも、回る灯も、どれもどこか不穏な影を帯びている。けれど二番だけは、青い空に二羽の鴎が鳴いている。明るくて、寂しい。


「もし、二番も誰かを指すのなら」暁人は言った。「それは、まだ死んでいない罪人かもしれない。——史奈さん、とか」


 私は、はっとした。史奈。二十年前の罪を負いながら、ただ一人、生き残っている女。唄の死には、当てはまっていない。もし二番が、これから死ぬ最後の一人を予告しているなら——。


「いや」けれど暁人は、すぐに首を振った。「それは、違う。双子の鴎、です。双子。——史奈さんは、双子ではない。この岬で、双子といえば、ただ一組しかいない。灯台守の、あの二人の娘だけだ」


 双子。私の頭の中で、何かが音を立てて組み上がっていった。


「考えられることは、一つです」暁人は言った。「この二番は、被害者を表す節ではない。——犯人が、自分のために、空けておいた一節だ」


 犯人が、自分のために。


「犯人は、唄に罪人たちを並べていった」暁人は続けた。「一人ずつ、死の様式を唄に合わせて。けれど、たった一節だけ、死を当てはめなかった。当てはめる必要が、なかったからだ。その一節は、殺すべき相手ではなく——自分自身を指していたから」


 彼は、二番の文字を指で押さえた。


「双子の、鴎」暁人は言った。「犯人はこの一節に、自分が何者であるかを書き込んだ。唄の中に、そっと署名したんだ。私は、双子の片割れだ、と」


 双子の片割れ。瓜二つの、二人の姉妹。手をつないで、灯の下でこの唄を歌った、二人の子供。一人は灯台の上から落ちて死んだ。燈里。——では、もう一人は。


「沖野の、もう一人の娘だ」暁人は、私の考えを声にした。「二十年前に岬から消えた、双子の妹。生きているか死んでいるかも、わからなかった、あの娘です」


 私は声が出なかった。シゲさんの言葉がよみがえった。瓜二つでねえ。声まで、おんなじでね。よく、二人で唄を歌っとった。——あの消えた一人。生きていれば、死んだ姉と寸分違わぬ顔をして、四十近くになっているはずの妹。沖野灯子。その名が、暗がりの中で、ひとりでに浮かんだ。


「その妹が、生きていた」暁人は言った。「そして、二十年かけて、戻ってきた。父を、姉を、奪った者たちのところへ。姉と歌った唄を、引っさげて。——罪人たちを、その唄のとおりに、一人ずつ葬るために。二番に、自分の名を、刻みながら」


 唄は、終わろうとしていた。三番から七番まで、五つの死。二番に、署名。残るのは、結びの一行だけだった。


 数えて七つ、灯消えて、朝が来る。


 私は窓の外を見た。嵐が、いつのまにか衰えはじめていた。雨脚が緩み、雲の切れ間に、白んだものがわずかに見えた。夜明けが近かった。唄のとおりだった。七つ数え終えて、灯が消え、朝が来る。


 そして、その唄を歌いきった双子の妹は——いまも、どこかで、この夜明けを待っている。私は、ある一人の顔を思い浮かべそうになった。岬の生まれの、来し方の知れない、温度のない——。


「待ってください」暁人が、私の心を読んだように低く言った。「いま、誰かの顔が浮かびましたね。——私にも、同じ顔が浮かびます。けれど、そこで足を止めてください。私たちはさっきから、一つのことを、当たり前のように決めてかかっている」


「一つのこと」


「犯人は、この五人の中にいる、と」暁人は言った。「私と、あなたと、保科さんと、史奈さんと——そして、あの人。嵐に閉じこめられた、この五人の誰かだ、と。けれど、本当に、そうでしょうか」


 私は息を呑んだ。彼が何を言おうとしているのか、すぐにはわからなかった。


「双子の妹は、二十年かけて戻ってきた」暁人は続けた。「だが、戻ってきた、というのと、客や使用人として私たちの前に顔を出している、というのは、別のことだ。——この館は広い。使われていない部屋も、暗い区画も、いくらでもある。灯台の機構室も、地下も。もし、その妹が、招かれた客でも、雇われた管理人でもなく——この館のどこかに、はじめからひそんでいたのだとしたら」


 ひそんでいた。私の背を、冷たいものが這い上がった。


「孤立する前から、内側にいた者」暁人は言った。「私たちが鎖の中に閉じこめられたとき、外から締め出されたのではなく、いっしょに、内側に閉じこめられた者。——もし、そんな者がいるなら。私たちが広間でかたまって互いを見張りあっているあいだ、その者は誰の目にも触れず、館の闇を自由に歩けた。灯室へも、機構室へも。時限の仕掛けを置きにいくことも。——五人の、誰のアリバイも、その者には関わりがない」


 私は言葉を失った。ひと晩じゅう、私たちは五人のうちの誰が犯人かと疑いあってきた。けれど、もし、この館に六人目がいたのだとしたら。私たちの知らない、姿のない一人が。ずっと闇の中から私たちを見ていたのだとしたら。——そう思うと、いま身を寄せ合っているこの広間の、壁の向こうの暗がりが、急に底知れないものに思えた。


「五人の中の誰かなのか」暁人は低く言った。「それとも、この館に潜む、姿のない妹なのか。——私には、まだどちらとも言えません。けれど、どちらにせよ、犯人は双子の妹だ。それだけは、唄がはっきりと告げている」


 犯人は、双子の妹。けれど、それが目の前の誰かなのか、闇に潜む誰かなのか。私の中でようやく像を結びかけた答えが、また二つに割れて揺らいだ。半分の答えで、人を指してはいけない。暁人の戒めが、いまは別の重さで、私にのしかかった。


 灯は、まだ回っていた。死んだ主の頭上で。けれど、その光ももうじき、朝の光に呑まれて消える。数えて七つ、灯消えて、朝が来る。——長い夜が、終わろうとしていた。私は、白んでいく窓をただ見つめていた。隣で暁人が、唄を書きつけたノートを静かに閉じた。


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