灯の主
灯が、また揺れた。
今度はさっきより、はっきりと。十五秒の周期がわずかに乱れ、光が息継ぎをするようにつまずいた。保科が窓に顔を寄せ、食い入るように見ている。
「あかん」保科が低く言った。「灯質が狂とる。これはただ事やない。灯室で、何かが起きとる」
暁人が立ち上がった。「行きましょう」
さっきまで、誰も口にしなかった言葉を、彼はもう迷わずに言った。「灯が狂いはじめた。あの灯室で、何かが変わった。確かめなければ。たとえ、その先に何が待っていても」
誰も、残るとは言わなかった。一人でこの広間に残るほうが、いまは恐ろしかった。私たちは五人、連れ立って塔へ向かった。先頭は真琴だった。鍵を持つ、あの女が。
渡り廊下は、嵐のただ中だった。屋根を打つ雨が滝のようで、横からの風が体を押した。私たちは手すりにすがり、一歩ずつ灯台の基部へ渡った。一足ごとに、波がすぐ下で牙を剝いた。史奈は腰が抜けたようになり、保科がその腕を支えて引いていった。
塔の中は、闇と潮の匂いと機械の音に満ちていた。蝋燭の灯りが、湿った石の壁を頼りなく照らす。螺旋の段を上っていく。途中、機構室の壊れた扉の前を通った。中では鵜飼が、まだ錘の下にいる。焦げと血の匂いが、わずかに漏れていた。誰もそちらを見なかった。見られなかった。私たちはただ、灯の揺れる源へと、ひたすら上を目指した。
最後の急な段を上りきると、灯室だった。
まばゆかった。部屋の中心で光源が煌々と燃え、その周りを大きなフレネルレンズがゆっくりと回っている。ガラスの檻の中で、光と影がぐるぐると壁をなでていく。保科の言ったとおりだった。外から見るのとはまるで違う。中はただ、明るかった。
そして、その光の中に、玄三がいた。
椅子に座っていた。光源と回るレンズの、ちょうどあいだに。背をまっすぐ伸ばし、こちらへ半分、横顔を向けて。けれど、その姿はおかしかった。動かないのだ。私たちが入ってきても、微動だにしない。
「玄三さん」暁人が呼んだ。返事はない。
暁人が近づき、その肩に手を触れた。そして、はっと引いた。
「冷たい」暁人が言った。「——硬い。とうに、事切れている」
懐中時計を確かめた暁人が、低く時刻を告げた。午前零時を、半ば過ぎていた。
私は玄三の顔を見た。落ちくぼんだあの黒い目は半ば開いたまま、もう何も映していない。首が不自然に固定されていた。背には添え木のようなものがあてがわれ、椅子に縛りつけられている。座ったまま、まっすぐ前を向くように。誰かが、この死体をこうして据えたのだ。生きて見えるように。
けれど、その均衡は、長い夜のあいだに崩れかけていた。縛めの片腕が、いつのまにかだらりと垂れ下がり、その手の先が、回るレンズの縁に届いていた。パネルが一周するたびに、ごとり、とその手を打っていく。打たれても、玄三は微動だにしない。——これだったのか。灯を狂わせていたのは。何時間ものあいだ、据えられた死体が少しずつずり落ち、ついに灯に触れたのだ。
据えた。私の頭の中で、何かが音を立てて崩れた。ひと晩じゅう見ていた、あの影。十五秒ごとに動いていた、あの影は。——これだったのか。
暁人が、レンズと死体の位置を見比べていた。その顔から血の気が引いている。
「そういうことか」彼は呻くように言った。「光源とレンズのあいだに、死体を据える。レンズが回って、死体の影がその前を横切るたびに、外の窓へ投げかけられる。私たちが見ていた『動く玄三』は、回るレンズがこの死体の影を運んでいただけだ。動いていたのはレンズで、玄三さんはずっと、ここでこうして——」
保科が、両手で口を覆っていた。灯台を誰よりも愛していた男が、その光を見つめて立ちすくんでいる。「……むごい」かすれた声だった。「光を、こんなことに。外と中とで灯は化ける、と——わしが、自分で言うたとおりや。けど、まさか、こんな使い方があるやなんて」彼はそれきり、言葉にならないようだった。回る光が、彼の青ざめた頬を、十五秒ごとに白く照らした。
「いつから、ですか」私は震える声で訊いた。「玄三さんは、いつから」
暁人は、死体の硬く冷えた腕に触れた。
「硬直がこれだけ進んで、体もここまで冷えている。四時間、いや、それ以上だ。玄三さんが死んだのは、深夜の零時過ぎなんかじゃない。もっとずっと前だ。私たちがこの館に閉じ込められる、その前から——玄三さんはもう、こうなっていたのかもしれない」
私はめまいがした。それでは、私たちが塔の上に見ていたものは。降りてこないと恨んだ、あの影は。真琴がお元気で、と言った、あの主は。ぜんぶ、死人だった。ひと晩じゅう、私たちは死人の影に見下ろされ、それに怯えていたのだ。
そして、もう一つ。玄三がずっと前から死んでいたのなら。網代を、室戸を、柚原を、鵜飼を消した犯人は、玄三ではない。あの底の見えない目をした老人は、黒幕などではなかった。いちばん最初に消された、ただの獲物だったのだ。七番、灯の主。唄の最後。——それが、いちばん最初に殺されていた。
「順番が、逆だ」暁人が、死体を見つめたまま、低く言った。「玄三さんは、七番。唄の、いちばん最後だ。なのに、いちばん最初に死んでいた。——犯人は、最初に殺した死体を、この灯室に据えて、生きているように見せかけた。そうして、ほかの者を、唄の順に殺していった。柚原さん、鵜飼さん。そして最後に、ずっと前に殺してあった玄三さんを、私たちに『発見』させた。死んだ順ではなく、見つかる順を、唄に合わせたんだ」
見つかる順を、唄に合わせた。私は、ぞっとした。それは、ただ人を殺すよりも、はるかに、冷たく、執念深いことだった。犯人は、この夜のすべてを、はじめから、一つの絵として描いていた。誰が、いつ、どんなふうに死に、どんな順に見つかるか。私たちが、何を見て、何を信じ、何に怯えるか。——その、ぜんぶを。
唄は終わっていた。三番から七番まで。網代、室戸、柚原、鵜飼、そして玄三。数え終えて、灯が消える。けれど灯は消えなかった。狂いながらも、まだ回っている。死んだ主を抱いたまま。
私はゆっくりと周りを見回した。狭い灯室に身を寄せ合う、私たち。暁人。保科。史奈。そして真琴。——玄三が犯人でないのなら。この唄を最後まで歌いきった者は、二十年前の報いを与えつづけた者は、まだここにいる。この五人の、誰かの中に。
史奈が、声もなく、後ずさった。背が灯室のガラスにぶつかる。その目は、玄三の死体に釘づけだった。生き残った共犯者は、いまや、この女ただ一人。罪を分け合った仲間が、最後の一人まで消えて、残されたのが自分。その意味に、史奈は、いま、気づいたようだった。あるいは——ずっと震えてみせていたこの女こそが。私は、その考えを、すぐには否定できなかった。
けれど、私の目は、もう一人の上でも、止まっていた。真琴。彼女は玄三の死体を、静かに見下ろしていた。その横顔には、悲しみも、驚きも、何もなかった。長年仕えた主の変わり果てた姿を、ただ見ている。いつもの、温度のないままで。私は例の癖を、また打ち消そうとした。けれど今度は、うまくいかなかった。
「降りましょう」暁人が低く言った。「ここに長くいるべきじゃない。夜が明けるまで、皆で一つところに。——もう、誰も一人にはしない」
けれど、その「皆」の中に犯人がいる。私たちはまた身を寄せ合い、あの暗い段を降りていく。すぐ前を行く背中も、すぐ後ろの足音も、そのどれかが、五人を唄のとおりに屠った手かもしれなかった。玄三を、この椅子に据えた手かもしれなかった。夜が明けるまで、私たちはその手と、同じ屋根の下で息をしなければならない。
灯室の中では、光が回り続けていた。死んだ灯の主の頭上で。十五秒に一度、まばゆくこちらを向いては、私たちの誰かの顔を白く照らし出し、また闇に沈める。その回る光の下で、私は初めて、本当の恐怖を知った。この夜は、まだ終わっていない。終わったのは、唄だけだ。




