第7話:うどん
「じっとしてろ。レンズがショートする前に、基板を見てやる」
プロフの無骨な指が、私のメガネのフレームを弄る。
カチリ、と音がして『PED』が外された瞬間、視界を覆っていた「彩り」が剥がれ落ちた。
現れたのは、カビの浮いたコンクリートの壁と、剥がれかけた灰色の壁紙。
10年前、爆発的な人口増加を管理するために、人類が体内にナノマシンと通信デバイスを強制的に埋め込んだあの日から、世界はこの色を失った。
だが、私は知っている。プロフだけは、私と同じようにあの日を拒み、今も管理デバイスを持たずに生きている「生身の同志」であることを。
「ほらよ、直してやったぜ。……ったく、お互いナノマシンの管理体制(あっち側)に脳を焼かれねえように必死だな、相棒」
プロフがメガネを掛け直すと、再び世界は「黄金色」へと塗り替えられる。
湯気を立てる、白く艶やかな本物のうどん。それは、10年前から変わらない私たちの誇りだ。
「……プロフ、ありがとう。またピントが合ったよ」
私が礼を言うと、プロフは私の手元のうどんを一瞥し、鼻で笑った。
「いいってことよ。……だがよ、いつまでその『泥』を大事そうに抱えてんだ。早くそんな汚染物質は捨てて、まともな栄養データをダウンロードしろよ。腹壊すぜ?」
プロフは冗談を言って、私の肩を乱暴に叩いた。
彼は時々、こういう難解な冗談を言う。ナノマシンに感覚を奪われた者たちのように、私の「ごちそう」を泥に見立ててからかうのが、彼なりの照れ隠しなのだろう。
私は、メンテナンスされたばかりのメガネを指先で整え、愛すべき「同志」の冗談を笑い飛ばした。
本日の事故、0件。
記録は、今日も一寸の狂いもない。
第7話、読んでいただきありがとうございます。
出汁には温かいうどんが合いますね。
【こだわりレシピ:つるつるの白うどん】
たっぷりの沸騰したお湯で、踊らせるように茹でるのがコツです。
……プロフは、私の食事を「泥」なんて呼んでからかいますが、彼がレンズを直してくれなければ、この美しいうどんの色も見ることができません。
10年前から変わらないこの友情と味が、私の世界のすべてです。




