第20話:大根の煮物
瞬き。風景はまたもや断絶した。
脳を焼いていたイクラの赤は消え、視界は湿り気を帯びた灰色に沈んでいる。
185センチの視界。私はいつの間にか、硬いパイプ椅子に座らされていた。目の前には、湯気の立つ大根の煮物。
歩いてきた記憶も、椅子を引いた記憶もない。ただ、大根の繊維が舌の上で解ける「感触」だけが、唐突に私の意識に放り込まれる。
「……あ」
その瞬間、耳の奥で嫌な金属音が響き、視界が激しく上下に揺れた。
日記を書き始めたあの時から、何かが狂い始めていた。整合性を失った「空」が、古いフィルムのように焼き切れていく。
[FORCED EJECTION]
肺が、ひどく冷たく無機質な空気を吸い込んだ。
重たい静寂。気がつけば、私は消毒液の匂いと低い機械音が支配する、巨大な倉庫のような場所にいた。
頭には数本のコードが繋がれ、背後には私が今しがた「排出」されたばかりのVRボックスが、音もなく横たわっている。その周囲には、同じような箱が墓標のようにどこまでも並んでいた。
「……実験、だったのか」
押し寄せてくるのは、上書きされていたはずの「現実」の記憶。
私は、高額な報酬と引き換えにこのVR実験に参加した「被検体」に過ぎなかったのだ。
足元がおぼつかないまま、私は促されるように施設を出た。
夜の冷たい空気。見慣れたはずの街並みが、今はひどく空虚に見える。
逃げるように自宅のアパートへ帰り、鍵を開けた。
暗い部屋。コートを脱ぎ捨てようとした私の指先が、何かに触れた。
机の上に、それはあった。
VRの世界で、現実感を繋ぎ止めるために必死に書き綴っていた、あのノート。
仮想の空間で使い古したはずの、ズタズタに削れたあの「日記」が、なぜか現実の私の部屋に、実体を持って鎮座していた。
視界の端に、あの「黒いノイズ」が再び走った。
CATEGORY: FORCED_LOGOUT_SEQUENCE
STATUS: TERMINATED
DESCRIPTION: Sensory link severed. Subject "01" has been physically ejected from the capsule. Internal data integrity remains questionable. Unexplained physical residue (ID:DIARY) reported at subject's residence.
M̶E̶S̶S̶A̶G̶E̶:
D̴A̴I̷K̴O̷N̸ ̸N̷I̴M̷O̷N̶O̷:̷ ̷S̶O̸U̸L̵ ̵W̶A̶R̶M̸I̵N̷G̵ ̸T̸A̵S̴T̵E̷.̸
R̸E̶A̷L̴I̸T̴Y̴ ̶I̸S̴ ̶R̷E̴T̸U̷R̸N̶I̴N̵G̵.̸.̵.̵ ̴O̸R̷ ̷I̸S̷ ̴I̸T̴?̸
O̷P̴E̸R̸A̸T̴I̸O̶N̶ ̶S̶T̶O̶P̶P̷E̷D̶.̸
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