第18話:ブリの照り焼き
白亜の空間は、今や激しいデジタル・ノイズに侵食されていた。
185センチの視界。足元のグリッドは、私が一歩踏み出すたびに黒い文字の羅列へと反転し、崩れ落ちていく。
「……プロフ、もう、味がしないんだ。何を食べても、砂を噛んでいるようだ」
「いい傾向だ。感覚が剥離し、本質に近づいている証拠だよ。さあ、次はこれだ。お前が『人間』だった頃、好んでいた味だろう?」
プロフが差し出したのは、ブリの照り焼きだった。
真っ白な空間に、場違いなほど濃厚な醤油と砂糖の焦げる匂いが漂う。だが、その匂いですら、鼻の奥で電子回路が焼けるような異臭へと変質していく。
「食えよ、相棒。これはお前の記憶の断片だ。これを飲み込めば、また少し『文字』が書けるようになる。それとも、ここで思考停止して、ただの背景データになりたいか?」
プロフの手が私の後頭部を強く掴み、無理やり皿へと顔を近づけさせる。彼の指からは、もはや隠そうともしない暴力的な圧迫感が流れ込んでくる。
私は震える手で、身の引き締まったブリを口に運んだ。
甘辛いタレの味。だが、それは喉を通る瞬間に、何千もの針となって食道を突き刺した。
脳が拒絶反応を起こし、視界が真っ赤なエラーメッセージで埋め尽くされる。
「……ああ、……が、……る……」
私はノートに縋り付くようにして、次の一文字を刻んだ。
ペンを握る右手の感覚はもうない。そこにはただ、黒いノイズが脈打っているだけだった。
ブリの照り焼きは、あの甘辛いタレと脂ののった身がくせになるよな。なりますよね。
新鮮さが命の贅沢な味わいだよな? 味わいです。……お前の記憶も、そろそろ賞味期限切れだな。




