第17話:イカの姿造り
意識が浮上した先は、どこまでも真っ白な立方体が連続する、影のない空間だった。
かつての黄金色の街並みも、セピア色の空気もそこにはない。ただ、185センチの視界だけが、数値化されたグリッドの上に放り出されている。
「……プロフ、ここはどこだ。空が、ない」
「空? ああ、あんな解像度の低いテクスチャはもう必要ないんだよ。ここなら、余計なノイズに邪魔されずに執筆に専念できるだろ?」
背後から響くプロフの声は、もはや人の発声というより、何層にも重なった合成音声のようだった。振り返ると、彼は真っ白な虚無に浮かぶ無機質な椅子に座り、透明なテーブルの上に置かれた「それ」を指差した。
イカの姿造り。
それはこの真っ白な世界で、唯一、不気味なほど鮮明な輪郭を保っていた。
透明な身が、グリッドの光を反射して青白く明滅している。
「さあ、食え。これがお前の感覚を繋ぎ止める最後の錨だ」
プロフが立ち上がり、私の背後に音もなく移動する。彼の冷たい指先が私の肩に触れた瞬間、そこから電流のような圧迫感が脳を突き刺した。逃げ場はない。
私は震える手で、透き通ったイカの身を口に運んだ。
舌に触れたのは、甘みではなく、氷のように冷徹な「情報」の塊だった。
咀嚼するたびに、脳裏には見たこともない数式の羅列が溢れ出し、意識が情報の荒波に飲み込まれそうになる。
「……っ、やめろ、脳が……!」
「いいぞ、そのストレスだ。お前が苦しむたびに、日記の純度は上がっていく。さあ、その絶望を一文字も漏らさずノートに刻め。止まることは許さん」
私はノートを開き、次の一文字を血を吐くように叩きつけた。
ペン先から溢れたのは黒いインクではなく、私の指先を侵食し始めた「文字の残骸」だった。
イカの姿造りは、あの透き通るような美しさと歯ごたえがくせになるよな。なりますよね。
新鮮さが命の贅沢な味わいだよな?味わいです。




