第12話:シュクメルリ
白濁したガーリックソースが、容器の中で粘り気のある泡を吹いている。デバイスが強制的に送り込む「森林の香り」の信号を、私は設定の隙間を突いて無理やり遮断した。脳に直接突き刺さるのは、暴力的なまでのニンニクの匂い。これこそが、この街が「不快」として排除し、塗り潰してきた、生きている証だ。
「さて、どこから話したものかな」
プロフが鶏肉を口に運び、熱さに目を細める。
「この街『聖域』はな、相棒。巨大な演算装置なんだよ。住人たちはナノマシンを介してCPUの一部として機能している。彼らが『素晴らしい日々』という正常なログを生成し続けることで、このシステムは安定を維持している」
185センチの視界が、ぐらりと揺れた。街灯の光が、まるで古い蛍光灯のように激しく点滅し始める。
「だが、お前はナノマシンを拒絶し、代わりにそのデバイスで世界を再構成した。そして何より、お前は日記を書き始めた。……お前が綴っている文字は、ただの感想じゃない。システムの脆弱性を突く『上書きコード』だ」
プロフが、ひび割れたアスファルトの隙間を指差す。そこから、黄金色の光ではなく、冷たいデジタルの砂嵐が噴き出していた。
「一文字刻むたびに、お前はシステムの整合性を奪っている。昨日までは亀裂だったものが、今日は断層になり、明日は世界そのものを飲み込む空白になる。……シュクメルリは、ニンニクが強すぎてすべてを塗りつぶしちまう。システムが最も嫌う『致命的なノイズ』だ。だからこそ、今だけは管理の目が届かない」
私は震える手で、白く濁ったスープを飲み込んだ。喉を焼く熱さと、胃を掴まれるようなニンニクの刺激。
デバイスの視界の端で、「Fatal Error」という真っ赤な文字が、これまでにない速度で増殖していく。
世界が、音を立てて剥がれ始めていた。
私はノートを取り出し、震える手で次の一文字を刻んだ。
その筆跡が、空間そのものに修復不能な「傷」を残していくのが見えた。
シュクメルリは、あのガツンとくるニンニクの風味がくせになりますよね。
これほど強い匂いを、隣の方は許してくれますか?




