超下戸の姫が妖王の秘蔵酒を飲んだ結果、「だっこ〜♡」で夫たちが壊れかけた
稽古の合間。
レイラは剣を下ろし、
額に浮かんだ汗をぬぐおうとした――その瞬間。
一斉に、
手ぬぐい。
「姫様、こちらを!」
「いや、こっちの方が新しいです!」
「どうか、お使いください!」
視界が、一瞬で布に埋まる。
レイラ
「…………」
(なぜ増える……)
そこへ。
「……おい…………」
低く、よく通る声。
空気が、すっと静まる。
「……余の手ぬぐいを使え、レイラ」
静かだが、
拒否という選択肢を許さぬ声。
シャガルだった。
兵たち、即座に一歩引く。
(出た……)
(夫の圧……)
(勝てん……)
レイラはちらりとシャガルを見て、
小さくため息をついた。
レイラ
「……一つで十分だ」
そう言って、
あえて適当な一枚を取り、
淡々と汗を拭う。
シャガル、微妙に不満そう。
⸻
その横から。
「レイラ様!」
テュエルが、両手を差し出す。
中身は――
布に包まれた塩飴。
テュエル
「これ、良かったら……!
発汗時は塩分補給も大事ですから!」
やたら用意がいい。
レイラは一瞬目を瞬かせ、
それから小さく頷いた。
レイラ
「……気が利くな。ありがとう」
テュエル、尊死。
「い、いえ……!♡
“ボクの”奥様ですから……!♡」
悪気なく、しかし全力でドヤった。
シャガル
「……ずいぶん引っかかる言い方をするな猿め」
⸻
レイラは塩飴を口に含み、
再び周囲を見回した。
「……水は……」
その瞬間。
今度は――
ひょうたん。
「姫様!どうかこちらを!」
「自分のです!冷えてます!」
「こちらも……!」
一斉に差し出される容器。
「…………」
レイラ、目を丸くする。
足元には、
いつの間にか小さな山。
「……こんなに……
飲めるわけないだろう……」
兵たちの表情は、真剣そのもの。
(飲んでほしい)
(喉潤してほしい)
(できれば間接的に存在を感じてほしい)
圧。
レイラはしばし言葉を失い、
やがて苦笑した。
「……気持ちだけ、受け取る」
そう言って、一つを手に取る。
――ごく。
ほんの一口。
「……ふぅ」
残りのひょうたんは、
まとめて腕に抱えた。
「……後で、返す」
その姿に、兵たち全員が
静かに成仏した。
⸻
休憩中の稽古場は、
あちこちで兵たちが座り込み、
手ぬぐいで汗を拭いていた。
――が。
その中で、
一人だけ、剣を振り続けている影がある。
素振り。
踏み込み。
呼吸。
そして、また振る。
レイラは、ひょうたんを抱えたまま、
ふと、その姿に目を留めた。
「……あれは……」
(ヤヒロ……)
(……相変わらず、真面目だな……)
小さく、くすりと笑う。
――――
そのまま稽古は再開され、
夕刻。
レイラは手ぬぐいと、
飲みきれなかったひょうたんを持って、
自室へ戻った。
「……ずいぶん、もらってしまったな……」
机に並ぶひょうたん。
一つを手に取り、
何の疑いもなく口をつける。
――ごく。
――ごく、ごく。
「…………?」
眉が寄る。
(……水……ではない……?)
濃厚な香り。
「……ん……
……これは……」
普段の、澄んだ水の味ではない。
舌に残る、重く甘い香り。
次の瞬間。
「……っ、けほ……!」
むせる。
「……あ……あつい……」
一気に、体の奥から熱が上がる。
(……酒……?)
だが、気づいた時には遅かった。
下戸の体は、正直すぎる。
視界が、ふわりと揺れ、
頬がじんわりと熱を帯びる。
「……ふぁ……
……きもちぃ……♡」
そのまま、寝台へ。
⸻
そこへ。
「レ、レイラ様……?」
様子を見に来たテュエルが、凍りつく。
「……まさか……」
遅れて入ってきたシャガルが、
机の上のひょうたんを見て、息を呑む。
「なに……!?」
一つ、手に取る。
匂いを嗅ぐ。
「……これは……余の秘蔵酒ではないか……!!?」
テュエル
「何してるんです!レイラ様は超下戸なんですよ?!」
シャガル
「す……すまぬ……」
沈黙。
シャガル
「…どうりで……
無いと思っていたが…混ざっていたか……」
額を押さえつつ、
視線を寝台のレイラへ。
「……全く……愚かで……
……可愛いやつめ……」
テュエルは慌ててレイラを支える。
「レイラ様!ボクがいますから……!
しっかりしてください!
お水、飲めますか!?」
シャガルも膝をつき、深く息を吐く。
二人
(これは……ダメだ)
(最近、無理をさせすぎた)
(しかも、酔っている)
(記憶も……残らぬだろう……)
――理性、総動員。
だが。
レイラは、とろりと潤んだ瞳で二人を見た。
「…ん〜〜〜
暑い〜〜……
脱がせて〜……」
二人
「………………」
(ダメ)
(今はダメだ)
(完全にアウトだ)
必死に耐える。
しかし。
「ん〜〜
テュエル〜♡……シャガル〜♡……」
ゆっくりと、腕を伸ばす。
「……だっこ〜……♡」
二人
「………………」
――そこから先は。
語られなかった。
ただ一つ確かなのは。
翌朝。
レイラが、
人生で最悪の頭痛と、
意味のわからない疲労感に、
布団の中でうずくまることになった――
という事実だけだった。




