両夫が本気すぎて寝かせてくれない
静かな呼吸。
腕の中で眠るレイラ。
シャガルは、夢と現実の狭間で、昨夜の余韻に身を委ねていた。
――なんと愛らしく。
――なんと無防備で。
――なんと儚い寝顔だろうか。
(九尾のフェロモンだか何だか知らぬが……)
(甘すぎる……まるで麻薬だな……)
(もう……お前なしでは、生きていけぬ……)
そう心の中で呟き、シャガルはレイラの額へ、そっと口づける。
満足そうに目を閉じ、そのまま、二度目の眠りへと落ちていった。
⸻
やがて、レイラがゆっくりと目を覚ます。
隣を見ると――
そこにいたのは、犬ではない。
ただ静かに眠る、驚くほど整った、美しい寝顔のシャガルだった。
(……こんな顔で……寝ているのか……)
(私の……夫……なのか……)
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
昨夜のシャガルを思い出し、頬に熱が集まっていく。
小さく身を起こし、起こさぬように、そっと頬へ口づける。
「……また、あとでな……」
音を立てぬよう、静かに部屋を出た。
⸻
しばらくして、シャガルは目を覚ました。
――レイラがいない。
(ふ……今日も皇務か……真面目な女め……)
(だが……余韻に浸る朝も、悪くない……)
妙に機嫌の良いまま、レイラがいるであろう執務室へと向かう。
⸻
――――――――
廊下・ヤツとの遭遇
――――――――
―――ゆらり。
廊下の奥に立つ影。
テュエル降臨(猿魔)
「おはようございます^^
シャガル殿。
……随分と、遅いお目覚めですね?」
(※心の声:てめぇ、夜は随分お楽しみだったようだな?)
シャガル
(ハッ!! 殺気が見える……!!
というか、心の中が聞こえてくる!!)
シャガルは低く言い返す。
シャガル
「……ぐ……
貴様に人間界の夫の座は譲った。
だが、妖の理での“夫の席”は余のものだ。
文句はなしだと言ったはずだぞ」
完全なる牽制。
テュエルは、微笑んだまま。
テュエル
「……言いたいことは、それだけですか……?」
――視線だけで
「俺の奥さんだぞ?」
「何してくれとんじゃ」
「コロスコロスコロスコロスコロス」
が、すべて伝わる。
シャガル
(……もうやだ、この人間……)
そこへレイラが騒ぎを聞きつけやってくる。
レイラ
「……シャガル……おはよう……」
少し照れた声。
シャガル
「レイラ……! 無理はないか?
昨夜……余が、無茶をさせてはおらぬか……」
レイラ
「ん……大丈夫……」
そう言いながら、昨夜のことを思い出し、思わず両手で口元を覆う。
照れた表情を必死に隠す。
その表情を見た瞬間――
――バキン!!
テュエル、廊下の手すりを握り壊す
(……なにあの照れた顔……)
(可愛い……)
(可愛すぎる……)
(は?……シャガル……許せん……)
(くそ……わかってたはずだが……辛い……な……)
レイラはちらりとテュエルを見る。
レイラ
「…………」
そして、ぽつりと。
レイラ
「テュエル。今夜は……一緒に過ごそうな」
(気を落とすな、ゆっくり話して、添い寝しよう。)
――誤解スイッチ、オン。
テュエル
「え……いいんですか……?」
(今日も……?)
レイラ
「お前は夫だろう?
なにがいけない」
テュエルの目が、きらきらと輝く。
シャガル
(……クソ……またヤツが……)
(だが……二人夫という現実……)
(先手を打つしかない……)
シャガル
「レイラ。
明日は……余と過ごすのだぞ」
レイラ
「あぁ……わかった」
(添い寝しような)
――
シャガルとテュエル。
視線が、火花を散らす。
(どちらが満足させられるか……)
(どちらが、レイラに選ばれるか……)
――こうして。
レイラの知らぬところで、
静かに、しかし確実に、
「猛獣注意報」が発令されたのであった。
――――――
その後。
シャガルと別れ、テュエルと資料室へ向かう廊下。
少し距離を取って立つテュエル。
背筋は伸びているが、どこか影が落ちている。
レイラは、その背を見て、少しだけ迷ってから声をかけた。
レイラ
「……テュエル」
テュエル
「……はい、レイラ様」
レイラ
「怒っているか?
シャガルとのこと……」
テュエル
「なぜ怒るのです?
レイラ様の決定です。
ボクは文句など言いません」
レイラ
「……そうか……」
テュエル
「……シャガルと……婚姻を……?」
レイラは視線を逸らさず、静かに頷く。
レイラ
「……すまない。
意図していたことではなかったが……
どうやら……そうらしい」
遠慮がちに、少しだけ、嬉しそうに微笑む。
テュエルの指先が、ぎゅっと握られる。
それでも、すぐに頭を下げた。
テュエル
「……おめでとうございます、レイラ様」
一拍。
テュエル
「……昨日は……初夜を……?」
レイラ
「……あぁ……」
その短い返事だけで、
テュエルの胸に、
ズキンとはっきりとした痛みが走る。
テュエル
「…………そう、ですか……」
しかし――
レイラは続けた。
レイラ
「だが……最後までは……していない」
テュエル
「……?」
レイラ
「妖は……特に妖力の強い妖ほど、
子を成せば……母体が死ぬ確率が高いそうだ」
淡々と、事実を述べるように。
「シャガルは……それを知っている。
だから……踏み込まなかった」
――沈黙。
テュエルの思考は暴走する。
(…………)
(なるほど……!!)
(そういうことですか……!!)
(だから今夜、俺と……!?)
(安心してください……!!)
(命の危険がない範囲で……!!)
(全力で……満足させますので……!!)
テュエルは顔を上げる。
先ほどのしょんぼりなど消え失せ、
目は妙にきらきらしていた。
テュエル
「……なるほど。
すべて、理解しました」
レイラ
「……?
何をだ……?」
テュエル
「いえ。^^
今夜は……どうか、安心してお過ごしください」
静かな声。
だが、何かが――完全にズレている。
レイラ
(……なぜだ……
嫌な予感しかしない……)
――――
その夜。
いつも通り、レイラは自室で静かに書を読んでいた。
――が。
ガラッ!
やけに音を立てて扉が開く。
レイラ
「……テュエル?」
振り向いた瞬間、目を丸くする。
そこに立っていたのは、
いつも穏やかな顔をした護衛ではなく――
獲物を見つけた獣の目をした猿魔だった。
テュエル
「お任せください、レイラ様」
レイラ
「……ど、どうした?」
テュエル
「今日は……ボクが、一緒です」
一歩、距離が詰まる。
テュエル
「ボクが……!
レイラ様を、満足させて差し上げます……!」
レイラ
「…………満足?」
(な、なにを?)
テュエル、間髪入れず。
テュエル
「大丈夫です。
すべて、ボクにお任せください」
レイラ
「へ……?」
(レイラ心の声)
(一緒にゆっくり話をしながら過ごそう、という意味だったのだが……?)
――その先は。
語られなかった。
ただひとつ言えるのは、
夜が、異様に長かったということだけである。
――――
レイラは、壁にもたれながら廊下を歩いていた。
足取りは重く、
目の下には、はっきりと影。
一方――
隣を歩くテュエルは、
異常にキラキラしている。
テュエル
「レイラ様……
その……いかがでしたでしょうか……?」
レイラ
「………………」
(いかが、とは……?)
口付け一つで回復する雪女の治癒力。
その恩恵を、最大限に受けた男の顔である。
そこへ。
シャガルが駆け寄り、顔を覗き込む。
シャガル
「レイラ!どうした!!
その……今にも倒れそうな顔は!!」
テュエルの視線が、泳ぐ。
(……やばい)
(……やりすぎたかも)
シャガルは、その一瞬を見逃さなかった。
シャガル
「……貴様」
低く、怒気を孕んだ声。
シャガル
「本物の猿か、貴様は!!!」
「レイラのことも考えよ!!」
すぐに、レイラへ向き直る。
シャガル
「……レイラ。
今夜は……余と過ごせ。
ゆっくり、休むのだ」
レイラ
「……うん……」
(昨日、約束していたしな……)
テュエルは、しょんぼりと肩を落とした。
――――
布団に入ったレイラは、ほっと息をつく。
(……今日は……
添い寝だけで……)
そう思ったのも、束の間。
隣で、シャガルが身じろぐ。
シャガル
「………………」
視線が、無防備な寝顔に吸い寄せられる。
少し乱れた髪。
無意識に開いた唇。
緩んだ胸元。
――理性、限界。
ぎしり――
寝台が、わずかに軋む。
シャガル
「……レイラ…………」
レイラ
「……へ……?」
その先は――
やはり、語られなかった。
――――
翌朝。
レイラは――
前日よりも、さらにげっそりしていた。
一方――
シャガル
ぴかぴか
テュエル
つやつや
二人の夫は、なぜか満足そう。
レイラ
(……なぜだ……
私は……
休む予定だったのだが……)
こうして――
レイラの「平穏な日常」は、
完全に崩壊したのであった。
――その刹那――
また猛獣二人が歪みあっている。
テュエル
「では……今日は、ボクの番ですね!」
シャガル
「何を言う。
貴様とではレイラは休めぬ!」
テュエル
「お前こそ、昨日のレイラ様の顔をご覧になりましたか?」
シャガル
「それは貴様が——」
テュエル
「お前が——」
シャーシャー。
ガルガル。
本気で火花が散りそうな二人。
その様子を、レイラは黙って見ていたが――
ふっと、空気が変わる。
レイラ
「……今日は」
二人が、同時に口を閉じる。
レイラ
「一人で寝る」
低く、静かで、
有無を言わせぬ本気の声。
シャガル&テュエル
「………………」
完全沈黙。
――――
就寝の時間。
レイラは自室の布団に倒れ込む。
レイラ
「……はぁ……」
布団に頬擦りし、心底幸せそうに呟く。
レイラ
「やっと……寝れる……」
目を閉じ、安心しきった寝息がすぐに立ち始めた。
――その時。
ゆらり。
影が、障子の向こうに落ちる。
静かに、音もなく、シャガルが部屋へ侵入する。
シャガル(小声)
「……少し、様子を見るだけだ……」
そっと、眠るレイラの頬へ手を伸ばした――
バチンッ!!
乾いた音。
シャガル
「なっ……!?」
叩き落とされたその手の先にいたのは――
テュエルだった。
テュエル
「おい、貴様!!
なぜここにいる?」
シャガル
「猿!!?
貴様こそなぜここに!!」
テュエル
「獣の気配を察したからですよ。
レイラ様に近づくな!!」
シャガル
「余はただ、レイラを心配して……!」
一瞬、睨み合い。
シャガル
「……む?
貴様……来るのが早かったな?」
テュエル
「…………」
シャガル
「貴様も……ここに来るつもりだったな?」
テュエル
「俺も心配だったからだ……!」
――その時。
布団の上で、レイラが寝返りを打つ。
レイラ
「……ん…………」
わずかに乱れた髪。
緩んだ唇。
無防備な寝顔。
はだけた胸元。
――理性は、すでに限界を超えていた。
テュエル
「……レイラ様……」
シャガル
「……レイラ………」
――ぎしり。
寝台が、わずかに軋む。
その微かな揺れに、
レイラの眉が、ぴくりと動いた。
レイラ
「……ん……?」
浅い眠りの中、
違和感だけが意識を引き上げる。
ゆっくりと、目を開ける。
レイラ
「……へ…………?」
静まり返る部屋。
――なぜ、居る。
という疑問を口にする前に。
――その先については、関係者全員が口を閉ざしている。
ただ――
この時すでに、
“猛獣”は、檻の中で牙を研ぎ始めていた。
三章、ここまでお読みいただきありがとうございました。
振り返ってみると、この章はレイラが少しずつ「誰かを選ぶこと」と向き合う物語だったように思います。
そして気づけば夫が二人になりました。
本人はまだ状況を半分も理解していませんが。
賑やかで騒がしい日々は、これからもしばらく続きます。
そして次章より、煌龍国への旅が始まります。
新婚旅行のはずの旅路ですが、それぞれが抱える想いと覚悟が少しずつ形になっていく章でもあります。
引き続き見守っていただければ幸いです。




