知らぬ間に、結ばれた契り
https://youtu.be/VOyWqqwKG3A?si=__iY8gSlumVSBjn1
レイラは、いつも通り執務室へ向かっていた。
その途中――ふと、妙な気配を感じる。
足を止め、静かに視線を向けた。
すると――
柱の陰から、ちらちらとこちらを窺う小鬼のような存在がいた。
レイラ
「……はぁ……」
(なぜここには、こうも妖が寄ってくる……)
小さく息を吐き、額を押さえる。
レイラ
「おい……何か用か?」
害意はない。
そう判断し、少し距離を詰める。
小鬼
「む??!!バレてたか!!
おい貴様!!酒呑様はどこだ!!
拙者は馬天!!」
レイラ
「……酒呑……シャガルか……」
少しだけ間を置き、答える。
レイラ
「……私はレイラだ。
酒呑なら、今頃は陽当たりの良い場所で昼寝でもしているはずだ。
……用事か?」
馬天
「……むっ……レイラ、貴様、詳しいな……」
じろりと見つめ――
馬天
「そして美人だな……!
……もしや……酒呑様の寵愛を受け、独り占めする女は貴様……いや、貴女か?!」
レイラ
「……寵愛……」
聞き慣れない言葉に、わずかに戸惑う。
誤魔化すように、髪を耳へかける。
その瞬間――
手首に光る、結晶の腕輪が露わになった。
馬天の目が、大きく見開かれる。
馬天
「ま、ま、ま、まさか……!!
ええぇ!?酒呑様……!!
こ、婚姻を……!?」
その言葉に――
レイラの胸が、大きく跳ねた。
ゆっくりと、自分の手首を見る。
レイラ
「……婚姻……?」
馬天
「違うのか!?
妖力を交え、婚姻の儀をしたのではないのか!!」
レイラ
「……っ!!」
意味が――繋がる。
次の瞬間、レイラは駆け出していた。
馬天
「お、おい!!」
呼び止める声など、耳に入らない。
ただ、走る。
心臓が激しく打ち、呼吸が乱れる。
(走りにくい……)
女物の着物は、やはり慣れない。
(……それでも)
「やはり――余は思っておったぞ!
お前には、この桜のような淡い色も似合うと!!」
(……ああ……そうだ)
これは、シャガルが選んだ。
――婚姻の証。
そう呼ばれた、この結晶の腕輪。
装飾など無縁だった自分が――今はそれを身につけている。
(……似合わないと思っていたのに)
足がもつれそうになりながらも、前へ進む。
――記憶が、溢れる。
花冠を、そっと乗せられた時の、あの手。
「レイラ……お前のほうがよく似合っておる。
――花嫁のようだな」
(……そんなこと……言われたな)
息が苦しい。
胸が熱い。
それでも浮かぶのは――
シャガルの声ばかりだった。
「疲れたか? 休め。余がそばにおる」
「余は、待つ」
「怪我をしたら、お前の柔肌が傷つくではないか!」
ひとつひとつが、胸に落ちていく。
シャガルは、いつも待ってくれた。
触れず、急かさず、奪わず――
ただ、そこにいてくれた。
(……怖い)
(でも……離れたくない)
知らない感情。
なのに、嫌ではない。
(わかってしまったら……きっと、引き返せない)
それでも――
(……だから)
(今度は――私が、応えたい)
胸の奥が、熱を帯びる。
視界が滲む。
それでも足は止まらない。
――庭へと、駆け込んだ。
陽当たりの良い、皇族の庭。
大岩の上――“特等席”。
そこに、シャガルはいた。
いつものように、静かに目を閉じている。
だが――
レイラの気配に、ゆっくりと目を開けた。
シャガル
「……レイラ……どうした……?」
次の瞬間――
レイラは迷いなく、飛び込んだ。
全速で、腕の中へ。
シャガル
「――――!?」
突然の衝撃に目を見開く。
だが、その温もりを理解するより早く――
シャガル
「……レイラ」
名を呼んでいた。
腕の中の存在を、確かめるように。
レイラ
「…………シャガル……」
息を整えることも忘れたまま、言葉を絞り出す。
レイラ
「私たち……
婚姻を、結んでいたのか……?」
わずかな沈黙。
シャガルは一瞬、言葉を失い――
ほんの少しだけ、視線を逸らした。
シャガル
「…………意図しておらぬことだった」
低く、静かな声。
シャガル
「余がお前に告げる必要はないと……思ったのだ」
わずかに間を置き――
シャガル
「……嫌がられるかもしれぬと思ってな……」
その言葉を聞き、
レイラは小さく、でも確かに微笑んだ。
涙が滲むのを隠すように、
それでも強い眼差しで、シャガルを見上げる。
レイラ
「嫌だと思うか……?」
一拍、息を吸って。
レイラ
「私は……シャガル……」
「お前を、もっと近くで感じていたい……」
シャガルの瞳が、揺れる。
そして——
レイラは、ためらいなく唇を重ねた。
――一瞬。
シャガルは、レイラが自ら口付けをしてきたことに、
確かに息を呑んだ。
だが次の瞬間、
抑えきれぬ想いが溢れ出すように、
両腕でレイラを強く抱きしめ返す。
シャガル
「……余は…お前の……その気持ちが……
何よりも嬉しい………」
「だが……レイラ――
焦らなくてもよいのだぞ」
額を寄せ、低く囁く。
シャガル
「急かずとも……余は、待てる」
(——本当は、欲しくてたまらない。
だが、それでも——)
その言葉の途中で、
レイラの指が、シャガルの衣をぎゅっと掴んだ。
レイラ
「……もう」
小さく、震える声。
レイラ
「もう、待たなくていい」
——その瞬間、
言葉は途切れ、二人はただ抱きしめ合った。
息と鼓動だけが重なり合う、
短く、けれど永遠のような一瞬。
シャガルは、呼吸を整えきれないまま、
喉の奥から絞り出すように、低く呟く。
シャガル
「……こんなにも」
胸に抱いた存在を、確かめるように。
シャガル
「こんなにも尊い存在が……
この世に、あったとはな……」
レイラの髪に頬を寄せ、
ほんのわずかに、声が和らぐ。
シャガル
「……余は、妖の王だ」
一拍、間を置いて。
シャガル
「だが今は——
ただの……
お前を想う男にすぎぬ」
二人の呼吸は重なり合い、距離は消え、
世界は静寂に包まれる。
レイラは無自覚だったけれど、
シャガルに触れられることが、
こんなにも心地よく、安心するものだと気づく。
シャガルもまた、
レイラが自ら腕の中に飛び込み、
想いを告げてくれたことに、深く胸を打たれていた。
そのまましばらく、
二人は互いの温もりに身を委ね、
言葉はいらない時間を共有する――
胸の奥で、二人の絆が確かに結ばれ、
何千年の妖の孤独も、
この瞬間だけは溶けてしまうようだった。
その光景を遠くから見ていた馬天は、
酒呑童子が妖の王であることを忘れてしまうほど、柔らかい表情に戸惑いながらも、目を離せずにいた。
レイラは、気恥ずかしそうにしながら腕輪を見つめる。
シャガルは、その横顔を静かに見つめ――
ふっと、柔らかく笑った。
その笑みには、誇りと、長い渇望を満たした安堵が滲んでいる。
シャガル
「お前は今や――余の妻だ。」
レイラの胸が、きゅうと熱くなる。
“妻”という言葉の重みが、ゆっくりと心に落ちていく。
レイラ
「……妻……」
シャガルは一歩近づき、
レイラの手を包み込むようにそっと持ち上げた。
シャガル
「レイラ……もし……余を夫として受け入れてくれるというのなら、ひとつ、願いを聞いてほしい。」
レイラ
「……願い……?」
シャガルの声は低く、しかし震えるほど真剣だった。
シャガル
「――初夜が、まだ済んでおらぬ。」
レイラの肩がびくりと揺れ、頬に淡い赤が差す。
レイラ
「しょ……初夜……?」
シャガルはレイラを怖がらせぬよう、
そっと手を引き寄せ、自分の胸元へと預ける。
シャガル
「無理にとは言わぬ。ただ……余は、お前のすべてを知りたい。触れたい……感じたい……。
ようやく手に入れたこの温もりを、大切に抱きしめたいのだ。」
レイラは、胸に広がる鼓動と、指先を包む大きな手の温もりに、息を呑む。
ただただ、初めて向けられる“夫の愛情”に、胸がいっぱいになった。
レイラ
「……シャガル…………うん……。わかった……」
シャガルは、ほっと微笑む。
どこか切なさの滲む、美しい笑みだった。
シャガル
「よい。急がずともよい……
今夜は、ただ互いが夫婦になったことを――ゆっくり確かめ合おう。」
――レイラは、静かに息を吸う。
シャガルの胸の温かさに、そっと身を委ねながら。
“本当に……私は、シャガルと夫婦になったのか……”
そう思うだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
そのとき――
遠くで様子を見ていた馬天が、
「もういいか? もういいか?」と内心で機を窺いながら、ついに二人へ声をかけに近づいていく。
しかし次の瞬間、なぜか馬天はシャガルの一撃を食らっていた。
何を話しているのかはレイラの耳には届かない。
ただ、自分の胸の高鳴りだけが、はっきりと響いていた。
――――――――――――
ここまで見届けてくださってありがとうございます。
作者的に、この回は本当に特別でした。
(※最終回じゃありません。)




