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雪化粧の桜姫



 淡い光が障子越しに差し込み、部屋の空気はひどく静かだった。


 レイラは、机の前に腰掛けたまま、

 リアから届いた一通の手紙を読み終え、そっと微笑む。


 


 ――――――――――

 レイラ


 婚姻を結んだという知らせを聞いたわ。

 しかも、その相手が“テュエル”だなんて。


 私も嬉しい。心から祝福するわ。


 これから先、いろいろと形が変わって

 大変なこともあるでしょうけど、

 あなたたちなら、きっと大丈夫。


 今度、煌龍国へ遊びに来て。

 ロイロやシュン、みんなと一緒に、

 盛大にお祝いさせてほしいの。


 そして――

 また、私の話も聞いてくれるかしら。


 早く、あなたに会いたい。


          リア

 ――――――――――


 


 レイラは手紙を丁寧に畳み、

 一拍だけ間を置いてから、机の引き出しへとしまった。


 胸の奥に残った温もりを、

 新しい一日の静けさが、そっと包み込む。


 


 ――――――――――


 


 廊下の向こうから、軽い足音とともに、明るい声が響く。


テュエル

「爺殿が桜が満開で綺麗だと言っておりました。よかったら三人でお花見でも、いかがでしょうか?」


レイラ

「まだ皇務が――」


 言いかけた言葉を遮るように、シャガルが声を上げる。


シャガル

「ほぉ、花見とな。

 まさか人が多い場所ではあるまいな?」


テュエル

「もちろんです。リュウコ南の草原、八合目です。

 皇族の敷地ですし、とても静かで……息抜きに、ぴったりかと」


レイラ

「皇務……」


シャガル

「よし、決まりだな。行くぞレイラ。ずっと書類と見つめ合っていたら目が腐るぞ」


レイラ

「………………」


 半ば強引。

 けれど、不思議と悪い気はしなかった。


 穏やかな風。

 その風に乗って届く、淡い桜の香り。

 まるで――レイラ自身を誘っているかのようだった。


 ――――


 リュウコ南の草原、八合目。

 皇族の敷地だけあって人の気配はなく、聞こえるのは風の音と、桜の枝が揺れるかすかな音だけだった。


 


 満開の桜の下に敷物を広げ、テュエルが用意した茶を三人で囲む。

 湯気の立つ湯呑みを手に、レイラはふう、と小さく息を吐いた。


レイラ

「静かで……いい場所だな」


テュエル

「本当ですね……とても温かくて、幻想的です。

 桜……綺麗ですね……」


シャガル

「うむ。以前この付近で行楽をしたが――

 桜があると、やはり景色が違って見えるな」


 そう言いながらも、シャガルの視線は桜ではなく――終始レイラに向いていた。


 


 ひらり――


 一枚の桜の花弁が舞い落ち、

 レイラの青みがかった銀糸の髪に、そっと触れる。


 ――気づいたのは、シャガルだった。


シャガル

「……」


 何も言わず、一歩近づく。

 だが触れない距離を保ったまま、指先だけを伸ばし――

 花弁を、そっと掬い取る。


 触れない。

 本当に、かすりもしないほどの距離。


 その仕草に、レイラは一瞬だけ瞬きをした。


レイラ

(……今……)


 取れた花弁を、シャガルは風に乗せて流すだけ。

 それ以上、何もしない。


 ――なぜだろう。


 胸の奥が、ほんのわずかにざわついた。


 触れてほしい、と思ってしまった。

 理由もなく、はっきりした欲でもない。

 ただ――もう少し、近くにいてほしい。


レイラ

(……変だな)


 自分の心を測りかねていると、

 ぱん、とテュエルが手を叩いた。


テュエル

「何か、やりませんか?!」


シャガル

「何をするというのだ、猿」


テュエル

「例えば……紙飛行機とか!

 誰が一番遠くに飛ばせるか競争しましょう」


シャガル

「そんな子どもの遊び、つまらん――却下だ」


 即座に切り捨てるシャガルに、テュエルがわずかに眉をひそめる。


テュエル

「では、お前には何か案があるというのか?」


 シャガルは一瞬だけ視線を逸らし、

 懐から板と羽を取り出す。


シャガル

「……村の子どもが教えてくれた……羽根つきだ」


テュエル

「…………負けなしのボクに勝てるとでも?」


シャガル

「……妖王に勝てると思うか?」


 二人の間に、火花が散る。


 次の瞬間――勝負は始まっていた。


テュエル

「く……!なかなかやりますね……!」


シャガル

「ふっ……貴様も悪くないな」


 乾いた打音が、草原に軽やかに響く。


 最初は、レイラも思わず笑みをこぼした。


(なんだかんだで……仲がいいな)


 だが次第に、二人は夢中になり、

 桜の木から少しずつ離れていく。


レイラ

「あーぁ……行っちゃった」


 そう呟きながらも、不思議と寂しさはなかった。


 二人が離れても――

 ここにいれば、必ず戻ってくると、知っているから。


 穏やかな微笑みを浮かべ、

 レイラは桜の幹にそっと背を預けた。


 風が、やさしく頬を撫でる。

 陽射しは柔らかく、世界は穏やかに満ちていた。


レイラ

「……風が、気持ちいい……」


 桜の下だけ、空気はひんやりと澄んでいる。

 その冷たさすら、今は心地よかった。


 まぶたが、自然と重くなっていく。


 ――


 羽根を落としたシャガルが、ふと顔を上げた。


シャガル

「ちょうどいい。この際、言わせてもらう」


 その声に、テュエルの動きが止まる。


シャガル

「――猿。余がレイラを奪っても、文句はなしだぞ」


テュエル

「……単なる負け惜しみ、ではなさそうですね」

(来たか……)


シャガル

「人間としての夫は譲ったが、

 もう一つの“席”――それは渡すつもりはない」


 その言葉に、テュエルの瞳がわずかに揺れる。


(席……)

(やはり……そういうことか)


テュエル

「それは、レイラ様が決めることだ」


シャガル

「――そうだ」


 わずかな間を置き、静かに告げる。


シャガル

「余は……レイラを待つ」


 テュエルは目を見開いた。


 言葉が――出ない。


(あの男が……)

(これほどまでに、一人の意思を尊重するなんて……)


 ふと、シャガルの視線が逸れる。


 何かに引き寄せられるように。


シャガル

「………………」


 その先を追い、テュエルも視線を向ける。


 そして――息を呑んだ。


 桜の下。

 桜色の着物を纏ったレイラが、幹にもたれて眠っている。


 その周囲だけ――


 静かに、雪が降っていた。


 花弁に重なる白。

 桜は淡く染まり、まるで別の景色のように姿を変える。


テュエル

「……雪化粧の……桜のようだ……」


 二人とも、言葉を失う。


 シャガルの指先が、わずかに動きかけ――

 しかし、その手は膝の上で静かに握られたまま止まる。


 近づかない。

 触れない。


 ただ――見守る。


 それが、この瞬間を壊さない唯一の選択だと、

 互いに理解していた。


 風が吹き、花弁と雪が舞い上がる。


 静寂の中で、時間だけがゆっくりと流れていく。


 空は、やがて新月へと沈んでいく。


 ――その夜。


 歪みの奥で、何かが静かに息を潜めていることを、

 まだ誰も知らなかった。


次回更新のお話は、

もしよければこちらの曲を聴きながら読んでいただけると嬉しいです。


この曲を聴いているうちに、

自然と二人がこの瞬間へ辿り着いていきました。


作者自身、

間違いなく“特別”だと思っている回です。


たぶん、この作品の中でも

片手に入るくらい思い入れがあります。


(YouTube URL↓)


https://youtu.be/VOyWqqwKG3A?si=__iY8gSlumVSBjn1

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