知らぬまま結ばれた絆――王が隠した腕輪の真実。
レイラが深く眠りについた、その夜。
城が完全な静寂に沈んだ頃、
シャガルは自室へ戻ることなく、ひとり鍛冶場へと足を向けていた。
胸元に抱くのは――
あの夜、レイラの掌から生まれた結晶。
ぎゅっと握りしめたそれは、
不思議と冷たくはなかった。
むしろ、微かな温もりを宿している。
炉に火を入れる。
赤く揺れる炎が、シャガルの横顔を照らした。
結晶を見つめるその瞳は、
これまで誰にも向けたことのないほど、
優しく、そして切なかった。
シャガル
「……まさか……」
ぽつり、と声が零れる。
「余のために……
ここまでしてくれるとはな……」
あの時。
苦しむ自分を前に、
何が起きるかも分からぬまま――
それでも迷いなく、力を重ねてきたレイラ。
彼女が行ったことの“重さ”を、
誰よりも理解しているのは、シャガル自身だった。
だからこそ、言えない。
告げてしまえば、彼女を縛る。
彼女の優しさを、
選択を、
未来を――。
炉の火が、ぱちりと音を立てる。
シャガルは両手で結晶を包み込み、
慎重に、妖力を流した。
押し付けることはしない。
命じることもない。
ただ、寄り添うように。
結晶は、抵抗することなく、
ゆっくりと、その形を変えていく。
まるで――
レイラの心、そのもののように。
「レイラ……」
低く、かすれた声。
「余は……
お前の献身に、報いることができるのだろうか……」
鍛冶場の奥。
誰にも見られることのない場所で、
妖の王は、ほんの一瞬だけ弱さを滲ませた。
だが、次の瞬間。
瞳に宿る光が、静かな決意へと変わる。
「……守る」
言葉に、迷いはない。
「この先、どれほど余が壊れようとも――
お前だけは、必ず」
結晶の欠片を、
金の鎖の腕輪へと嵌め込む。
優美で、繊細で、
それでいて確かな妖力を宿した腕輪が、
静かに完成した。
シャガルはそれを持ち上げ、
小さく、息を吐く。
「……似合うだろうな。
お前に、この光は……」
──翌朝。
中庭で風に当たっていたレイラの背後から、
足音が近づいた。
振り返ると、
そこに立っていたのはシャガルだった。
少し眠そうで、
けれどどこか落ち着いた、静かな表情。
シャガル
「レイラ」
名を呼び、
そっと手を伸ばす。
彼女の手首を取ると、
レイラは何が起きているのか分からず、瞬きを繰り返した。
「……これは、余からだ」
そう言って、
腕輪を彼女の手首へと嵌める。
結晶が肌に触れた瞬間、
淡い光が、ふっと灯った。
レイラ
「え……?」
驚くレイラを見て、
シャガルは少し照れたように目を逸らす。
シャガル
「……お前を守るためのものだ。
余の妖力が、お前を……
これからも、守るための」
言葉は簡潔なのに、
声は、わずかに震えていた。
腕輪は、レイラの腕にしっくりと馴染み、
じんわりと温かい。
それは――
シャガルに抱きしめられている時の体温と、同じだった。
レイラは胸に手を当て、
少し照れたように微笑む。
レイラ
「……ありがとう、シャガル」
その笑顔を見た瞬間、
シャガルは、危うく口を開きそうになる。
この腕輪が、
どれほど特別な意味を持つものか。
だが、彼は目を閉じ、
その真実を胸の奥へと押し戻した。
シャガル
「似合っているぞ、レイラ」
それだけでいい。
それが――
今の彼に言える、すべてだった。
――
少し離れた場所で、
その光景を見ていた者がいた。
テュエルだった。
レイラの手首に嵌められた腕輪。
淡く輝く結晶。
――昨夜。
裏手で見た、あの光。
シャガルの、あの沈黙。
(……繋がった)
喉が、ひくりと鳴る。
(昨夜の、あの行為……)
(あの、力の重なり……)
(そして、この腕輪……)
否定の余地は、もうなかった。
テュエル
「……形に、なってしまった……」
ぽつりと零れた声は、
誰に聞かせるものでもない。
テュエルは、静かに視線を伏せる。
それが、
自分が“敗者”であることを、
完全に理解した瞬間だった。




