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世界に否定された存在は、妖王の言葉で立ち上がる

「……も、もうやめてくれ……!!」


 掠れた叫びが、結界の内側から漏れた。


 テュエルだった。


 磔にされたまま、指一本動かせず。

 目の前で起きている光景を、ただ見せつけられている。


「お願いだ……もう……」


 その声は、誰にも届かない。


 ——届くはずがなかった。


 浄天史が、動く。


 六体。

 感情を持たぬ神意の執行体。


 光刃が、同時に振り下ろされた。


 レイラは、避ける。


 ——否。

 避けようとした。


「……っ!」


 完全には、間に合わない。


 刃が肩を裂き、血が宙に散る。

 次の瞬間、背後から衝撃。


 ——ガッ。


 カイホウの錫杖が、容赦なく叩き込まれる。


「……ぐ……ッ」


 肋が軋み、息が潰れる。

 身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 立ち上がる前に——


 光。


 斬撃。


 打撃。


 逃げ場は、ない。


 六方向からの神意と、

 人の手による“討伐”。


 避けても、避けても。

 防いでも、防いでも。


 ——力は、あった。

それでも、振るえなかった。


「……っ、は……」


 膝が、落ちる。


 刀を突き立てて、どうにか立ち上がろうとする。

だが、腕に力が入らない。


息が、荒れる。


(……なんで……)


視界が、滲む。


(……私は……)


ただ、間に立っていただけだった。

妖か、人か。

どちらかを選ばなかった、それだけだ。


(……それだけなのに……)


光刃が、再び振り下ろされる。


肩。

背中。

太腿。


鈍い衝撃とともに、血が地面に落ちていく。


(……どこにも……属さないから……?)


妖でもない。

人でもない。


名前のつかない、その在り方。


——だから。


世界そのものが、

拒むように、牙を剥いている。

 


「もう……やめて……!!」


 テュエルの声が、震えた。


 涙で、滲んでいる。


「もう……いいです……!!」


 それは、懇願だった。

 悲鳴だった。


「レイラ様!!

 お願いです……もう逃げてください!!!」


 逃げて。

 生きて。


 それだけを願う声。


「見ていられない……

 こんなの……

 目の前で、ただ……傷つけられていくなんて……」


 拳を握り締めても、

 何一つ、変えられない。


 怒りも、悲しみも、

 ——すべてが、無力だった。


 レイラは、俯く。


 刀を支えに、

 かろうじて立っているだけ。


(……逃げる……?)


 その選択肢が、

 本当に残されているのかすら分からない。


 その時――――――


 


「――――ふざけるな」


 低く、だが確かな声が、

 戦場を切り裂いた。


 シャガルだった。


 妖力を削がれ、

 神木に縛られながらも――


 その瞳は、死んでいない。


「立て、レイラ――」


 名を、呼ぶ。


「闘え――」


 それは、命令ではなかった。

 叱責でもない。


 呼びかけだった。


「お前だって――妖の端くれ」


 レイラが、ゆっくりと顔を上げる。


「そして……」


 一瞬。

 シャガルの表情が、歪む。


 ――怒り。

 ――誇り。

 そして――確信。


「――大妖怪アイン」


 空気が、震えた。


「余の、永遠の好敵手」


 シャガルは、吼える。


「その――娘だろう!!!!」



 ――雷が、落ちた。



 

胸の奥を、

何かが、貫く。


世界が、反転する。


(……そうだ……)


血に濡れた手が、震える。


(私は……)


視線が、ふと落ちる。


握りしめたままの、刀。


刀身は自身の血で汚れている。

それでも――その刀身は、折れていない。


そこに刻まれた、文字。


【愛娘】


(……父上……)


脳裏に浮かぶのは、背中。


圧倒的で、巨大で、

誰よりも強く、誰よりも不器用な――妖の王。


(……ダインの……)


「生きろ」でもない。

「誇れ」でもない。


ただ、名もなく刻まれた、その二文字。


愛された証。


心臓が、強く打つ。


視線が、再び上がる。


縛られ、傷つきながらも、

それでも真っ直ぐにこちらを見る――シャガル。


その眼差しが、重なる。


(……私は……)


喉が、震える。


「……娘だ……!!!!」


声が、世界を裂いた。


その瞬間。


折れかけていた心が、

確かに――立ち上がった。


レイラは、立つ。


血に濡れ、

傷だらけの身体で。


それでも――


刀を、握り直す。


愛された事実を――

もう一度、その手に宿して。


その背中を、

シャガルは見つめていた。


――守るべき存在として。

――大切な者として。


 


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