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双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
7/66

双国最後の日、父の遺言と“人をやめる選択”

レイラが穴へと消えたのを見届けると、

ダインは静かに執務机へ手をかけた。


重い木が床を擦る低い音だけが、部屋に響く。


やがて隠し通路の入口は完全に隠され、

そこにあったはずの気配ごと消えた。


――静寂。


まるで最初から、何もなかったかのように。


…………………………


ダイン

「……待て」


テュエル

「!!!」


振り返りはしない。

だが、その声は確かにテュエルを捉えていた。


背後から忍び寄っていたわずかな殺気。

音もなく、影のように近づいていた気配を――

ダインは最初から、見抜いていた。


ダイン

「お前に殺される前に、話しておきたいことがある」


テュエル

「……殺させてくれるんですか」


ダイン

「あぁ。お前にしか……頼めない」


テュエルは小さく息を吐く。

怒りを押し殺すように、そして諦めるように。


そして、眉をひそめた。


テュエル

「……さっさとしてください、遺言を。


あなたのせいで、すべてがめちゃくちゃだ。


ボクは腹が立っているんですよ。

国だ、民だと……耳障りのいい甘い言葉ばかり!


本当に尊いものには目も向けず、

あなたほどの実力があって、

俺がいて、双国の兵力があれば……!!


戦を仕掛けていれば、

こんなことにはならなかったはずだ!!」


抑えていた怒りが、堰を切る。


薙刀の刃が、わずかに震えた。


ダイン

「……力は、ねじ伏せるためにあるものではない。

力は、弱き者を助けるために、

そして――力に屈しないためにあるものだ」


テュエル

「そうだ…………

あなたは、強くなりたいと願うレイラ様の気持ちを折り、

進化と成長の芽を、次々に摘んでいった!


万死に値します!!」


ダイン

「……………………

普通の女として、育てたかったんだ………………」


テュエル

「レイラ様の心を拘束してまでも、

成し遂げたかったことなんですか……!!」


刃が、真っ直ぐに向けられる。


距離はすでに一歩もない。


それでもダインは動かない。


ダイン

「……そうだ…………」


テュエル

「…っ!この……死ね!!」


――その瞬間。


ブワワワワワッと、

突風が部屋を駆け抜けた。


ダインの全身を、渦を巻く風が包み込む。


同時に――眩い光が弾ける。


衣が揺れ、空気が軋む。


次の瞬間。


そこに立っていたのは、

先ほどまでの人間とは明らかに違う存在だった。


背後に広がる、九本の尾。


闇をそのまま引き裂いたような――黒い尾。


そして、獣のように縦に裂けた瞳。


テュエル

「!?

……若返った………………?」


あまりにも異様な変化に、思わず息を呑む。


ダインは静かに、テュエルを見下ろした。


ダイン

「おかしいと……思ったことはなかったのか」


その瞬間。


レイラの特徴が、脳裏に次々と浮かび上がる。


――銀糸の髪。

――遊色の瞳。

――異様なほど鋭い嗅覚。


胸の奥で、何かが音を立てて繋がった。


テュエル

「……!」


ダイン

「私たちのような妖は、人里では浮いてしまう存在だ。

人と相容れようとしても、

“特異”として、除外される。


……もう、他の妖は、

迫害され、売られ、殺され、

絶えていったよ」


テュエル

「……妖……?」


信じ難い言葉だった。


だが――

目の前に立つ九尾の姿が、それを否定させない。


ダイン

「血が薄くなり、妖としては“不十分”でも、

人間から見れば、才ある存在だ。


剣術も、磨けば国一になることなど、

難しい話ではなかっただろう。


人目に触れぬよう、真綿で包むように育てたつもりだったが……

私は、父親としては失格だったな……」


ダインは、かすかに苦笑した。


その表情には、王としてではなく――

ただの父親としての後悔が滲んでいた。


テュエル

「…………レイラ様も……妖だと……?」


ダイン

「……だいぶ血は薄くなったが、

あの子は、九尾の末裔で間違いない。」


「……そして…」


一瞬だけ、言葉を切る。


ダイン

「母親が、雪女の末裔だった」


テュエル

「!」


思わず息を呑む。


胸の奥で、さらに大きな衝撃が広がっていく。


ダイン

「妖なのに、と思うかもしれん。

だが、あの子の母――ミコトは、

私なんかより、さらに異質だった。


妖でありながら、巫女だった。


雪女に、治癒の力があるなど知らなかったよ。

怪我はすぐ治り、

体液を塗れば瞬く間に癒え、

血を飲ませれば、瀕死の者すら起き上がった。


さらに……

神に愛された能力なのか、

あらゆるものを見透かす“眼”を持っていた。


………………どうだ。

おいしい、“いい話”だと思わないか?」


ダインは、皮肉げに笑った。


その笑みには、長い年月の苦味が滲んでいた。


テュエル

「……では、ミコト様は……利用されて?」


ダイン

「……いや。

なんとか逃げ続けた。


だが、逃げた先で――

妖同士が殺し合う、悲惨な場所に出くわしてしまった。


危うい瞬間を、

たまたま通りかかった私が助けた。


なぜか、それからずっと、ついてきてな。


雪女と呼ぶには相応しくないほど、

底抜けに明るい女だったよ」


………………


テュエルは、何も言わない。

ただ黙って、ダインの言葉を聞いていた。


ダイン

「長い時を共にするうち、

邪魔だと感じることもなくなった。


そして、今の双国へ辿り着いた。


気候は安定しているが、

人が住みづらく、寄り付きにくい。


……ここを拠点にすることを決めた。


山の四合目あたりには人が住んでいたが、私はあえて関わろうとはしなかった。


だが、ミコトは違った。


人に手を差し伸べ、

人間のように振る舞い、

見劣りしない姿に、羨みを抱いた」


そして――


気がつけば、人が集まり始めていた。


テュエル

「……昔話は、もう十分です」


苛立ちを隠そうともしない声音だった。


だがダインは、気にも留めない様子で続ける。


ダイン

「……次は、レイラの話だ」


ダイン

「ミコトが、ある日突然言った。

“子が欲しい”と。


妖が子をなすのは命がけだ。

ましてや、九尾の血。


やめておけと、何度も言ったが……

聞かなかった」


ミコト

「私は巫女よ?

神様が守ってくれるって」


軽く肩をすくめ、

まるで当然のことのように笑っていた。


――だが、現実は甘くなかった。


レイラを宿したミコトは、

最初こそ――


ミコト

「……蹴った!

お腹、触ってみて……!」


弾んだ声でそう言って、ダインの手を取る。


そして自分の腹へと導き、

嬉しそうに目を輝かせていた。


新しい命を感じるたび、

まるで子どものように喜んでいた。


だが――


次第に、その顔に影が落ち始めた。


ミコト

「……私の力が……

お腹の子に、吸われてる……」


テュエル

「……!」


ダイン

「……無情だった。


何もできない自分の無力さに、腹が立った。


赤子を下ろせば助かるのか――

そんな馬鹿なことも考えた。


だが……

ミコトの“愛”には、敵わなかった」


ダインの声は、いつの間にか静かに沈んでいた。


ダイン

「ミコトは、自分の命をもって、

命の尊さと、愛するということを、教えてくれた。


それからだ。

無闇に命のやり取りを、しなくなったのは」


ほんのわずか、ダインは目を伏せる。


そして――静かに言った。


ダイン

「ミコトは……

出産で、事切れたよ」


ダイン

「こうして――

九尾の血と、雪女の治癒力と眼を継いだ娘が、生まれたというわけだ」


テュエル

「………………」


背筋に、ぞくりと寒気が走る。


胸の奥で、何かがゆっくりと形を成していく。


ダイン

「……言いたいことは、わかるな?」


テュエル

「はい。

レイラ様を、徹底的にお守りしろ、ということですね」


ダイン

「そうだ。

雪女の力が知られ、利用されるなど、絶対にあってはならない」


テュエル

「畏まりました。

必ず、成し遂げてみせます」


――その瞬間。


テュエルは、ダインに対し、初めて跪いた。

静かに、深く、頭を垂れる。


テュエル

「ですが……

俺には、時間が足りません……」


ダイン

「……!」


その言葉の意味を、ダインはすぐに悟った。


テュエル

「陛下。

どれほど長く、ミコト様と共に過ごせたのですか。


ただの人間では――

時間が、あまりにも短すぎる。


守れるのは一瞬。

記憶に残せるのは、米粒ほど……。


レイラ様を、独り遺すなど……!!」


拳が、床に食い込む。


ダイン

「……お前は、何を望む」


………………


テュエル

「…悠久の時間です。


生きている限り、

レイラ様のためだけに心血を注ぎ、愛し、笑顔にしたい。


そして――

どんな結末であろうとも、

俺が、あの方の最期を見送って差し上げたい」


ダイン

「見送る、か……」


ふっと、息を漏らす。


ダイン

「…はっ……

なんて強欲な男だ。」


「私はお前が大嫌いだが……

それくらいなら、力になれなくもない」


その言葉に、テュエルは思わず顔を上げた。


ダインは、静かに言った。


ダイン

「私の生き血を飲め」



一拍



その瞬間――


テュエルの瞳が、大きく見開かれた。


呼吸が止まる。


理解するまで、ほんの一瞬の間があった。


そして。


その意味を悟った瞬間、瞳の奥に強い光が宿る。


ダイン

「米粒ほどだった存在感が、

米俵ほどの衝撃には、なるかもしれんな」


その言葉を聞いた瞬間、テュエルの肩がわずかに震えた。


押し殺していた感情が、胸の奥から一気に溢れ出しそうになる。


ダイン

「それと、もう一つ。

……私から、あの子への贈り物だ。


場所は――

墓の隣の滝の中。


そう伝えれば、わかる」



一瞬、テュエルの思考が止まる。


――墓の隣の滝。



テュエル

「……畏まりました」



その時――


外が、わずかに騒がしくなり始めた。


兵の声。

遠くで鳴る鉄の音。


戦の気配が、確実に近づいている。


ダインは、迷いなく宮内へ火を放った。


炎が、静かに広がっていく。


ダイン

「さて……急ごう。


………………

レイラを……

娘を……頼んだぞ」


テュエル

「……はい。

お世話に、なりました」



――最後の挨拶を終えた瞬間。



世界が、一瞬だけ静かになった気がした。



次の瞬間。


テュエルの刃が、一筋の光のように走った。


双国王ダインの首は、音もなく宙を舞い――

床へ落ちる前に、テュエルの腕に抱えられていた。


その頭を、静かに抱える。


やがて。


テュエルは、ゆっくりと口を寄せる。


ゴクッ……


ゴクッ……


ゴクッ……


喉を鳴らしながら、生き血を飲み干す。


滴り落ちた血が、テュエルの外套を深く染めていく。


宮の奥で放たれた炎が、ゆっくりと広がり始めていた。

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